gin and tonic

僕はバーに行くのがかなり好きだ。

所謂、ショットバーと呼ばれるタイプのバーに。

その昔、流行りたてのバーのスタイルはボトルで購入してそこから飲むものが殆どだった。

しかしある時、一杯ずつ注文することの出来るバーが段々増えてくる。

「1shot(=一杯)」ずつ頼めるという意味での、ショットバーだ。


カウンターに座り、棚に並んだボトルを眺めながら、今日は何を飲もうかな、と考えている時間はとても幸せだ。

 


数あるお酒の中でも、僕はジンがとても好きだ。

ジンと言うのは四大スピリッツのひとつで、蒸留した原酒をジュニパーベリーを初めとする何種類かの果実や薬草に通すことで香り付けがされる。

ここで加えられるものによって味わいの違いがハッキリと表れるのが非常に特徴的だ。

中には泡盛で作るものもあり、どれもクセはあるが飲み比べるのが非常に楽しい。

タンカレー、No.10、マラッカ、ラングプール、ボタニスト、ボンベイサファイア、挙げ始めるとキリがないがこの辺りを(お財布の中身と相談しながら)ローテーションして飲んでいる。

 


ところで有名なカクテルに「ジントニック」がある。

タンブラーにジンを入れ、ライムを絞り、トニックウォーターを注ぐことで完成する、アレだ。

恥ずかしながらバーに通う前の僕はトニックウォーターとヘアトニックを混同していて、何だか得体の知れないものを飲む時代になってしまったな、などと思っていた。

ちなみにこのふたつは全く関係がない。


しかし、トニックウォーターが何なのか、知っている人はいるだろうか。

昔カフェで働いていた頃に「トニック」と名のつくメニューが「アルコール飲料なのではないか」と思われ敬遠される、と言うエピソードがあった。

お客さんにラズベリーシロップをトニックウォーターで割ったものをオススメしたところ、「え、でもこれお酒なんですよね…?」と聞かれてしまったのだ。


トニックウォーターとは、香草や柑橘によって味付けされた炭酸水のことで、もちろんノンアルコール飲料だ。

独特な苦味と酸味が特徴的で、正直僕はこれがあまり得意ではない。

苦味に弱いのか、他に入っているものの味を感じ取ることが難しくなってしまう。

故に、ジンを飲む際は大抵、ストレート、ロック、炭酸割りのどれかで飲む。

ジントニックを飲まない理由は他にもあるのだけれど、それはまあ以下の文章で察して欲しい。

それに飲まない話よりも、飲む話の方が多分前向きだ。


僕は、ジントニックをごく限られた店でしか飲まない。

初めて訪れた場所か、もしくは本当に美味しいお店でしか飲むことはない。


ある日の僕は、都内にあるバーのカウンター席に座っていた。窓は全て木枠でできた小さな扉で潰してあり、店内を限りなく絞ったオレンジ色の照明と、蝋燭の灯りだけが照らしている。

何本あるのか、席から見るだけでは確認できないほどの量のボトルが棚に並び、中にはシロップ瓶のような、ラベルの貼っていない大きな瓶もある。

そして、目の前に立つ白いスーツを身に纏ったバーテンダーに話しかけられていた。

ジントニックってあるじゃないですか。」

「ああ、ありますね。」

その日は既に三杯ほど、ジンを使ったカクテルを飲んでいた。

「あれは足し算のカクテルなんですよ。」

「足し算?」

「トニックの苦味と酸味を加えてあげることで、ジン本来の甘味を引き立たせてあげるんですよ。」

「なるほど。」

そのバーテンダーは、会話で、もしくはグラスでいつも何かしら新しい発見を僕にくれていた。


「………ジントニック貰ってもいいです?」

既に空になっているグラスを向こう側へほんの少しだけ押す。

「いいですね、いきましょう。」


バーテンダーの左手によって、クルクルと音もなく滑らかにグラスの中を回るバースプーンを見ながら僕は、人間関係も足し算だったらいいのにな、などと考えていた。

そしてその後、財布の中身がほんの少しだけ心配になった。

早稲田

知ってる人はいるだろうか。

あれは確か、僕が大学3年生の時の事。

当時通っていた理工学部のキャンパスで、ちょっとした事件が起きた。

「女子トイレのトイレットペーパー入れのところに、隠しカメラがある。」というツイートが、写真と共に僕のタイムラインに回ってきたのだ。

「女の子はパンツ下ろす時、ちゃんと気をつけようね!」と添えられたそのツイートが何となくツボに入り、僕はツイート主のプロフィールを確認することなく、リツイートボタンを押した。

そしてその10分後、ツイート主からのフォロー通知と共に「はらちんじゃん!」と言うリプライが送られてきた。

よく見ると、ツイート主はアルバイト先の女の子だった。

 

 

彼女との出会いは衝撃だった。

初めて参加したアルバイト先の飲み会で、可愛い子が目の前に座っていた。

その飲み会は僕がこれまで体験したものの中でもトップクラスに酷く、ウイスキーのピッチャーを両手に構える女子、嘔吐する同僚、頭から瓶ビールをかけられる先輩、総勢50名ほどが暴れていた。

初めて体験する環境に震える中、輪に混ざるでもなく正座で、コップに注がれたビールを飲む眼前の美少女。

ここだけは落ち着けそうだなと思った矢先、その子は突然、横に座る女性の先輩と濃厚なキスを始めた。

あっけにとられる僕を見て、彼女が一言

「はらちんもする?」

いや、それは…。

「そうだそうだ!お前にはまだ早い!」

僕の隣に座る先輩が、酔っ払って絡んでくる。

耐えきれず、僕は適当に言葉を濁し、その飲み会を去った。

後で聞くところによると、キスをしていた先輩と、僕に絡んだ先輩は付き合っていて、眼前の美少女はうっかり彼の童貞を奪ってしまったらしい。

当時大学2年生、若干二十歳の僕にはあまりに刺激的だ。

それを知って尚あの状況だったのが、今考えても恐ろしすぎる。

 

 

そしてその一年と少し後、Twitterでフォローが飛んできてから、たまたまキャンパスで会う機会が増え、更に紆余曲折を経て僕はその子と付き合っていた。

当然の如く、付き合う時も付き合ってからもむちゃくちゃな人だった。

とにかく「自分が可愛い」と言う事を主張してくる。

分かる、分かるんだよ。

実際可愛いし。

でもその、「自分が可愛い」と言う事をわざわざ言わなくてもいいと思うんだよ。

あまつさえそれを使って他人をこき下ろす必要はないし、「私の隣にいるんだったら、オールバックくらいしてもらわないと。あと胸筋ね。」と言って僕にジェルの使用や、筋トレを強要する必要もない。

僕は毎日振り回されて、大層消耗していた。

 

 

その日も泥酔した彼女の呼び出しにより、僕は神奈川県のとある駅に降り立った。

どうやら彼女の実家まで送れ、とのことらしい。

両親は不在らしく、何とか宿の心配はしなくて済みそうだ。

電車を降りた僕は早速、ホーム上をふらふらと歩く彼女を発見した。

水色のワンピースを着ている。

おおい、と声をかけてみるとどうやらこちらに気付いたらしく、手を振り返してきた。

そして、そのまま線路に向かって大量の吐瀉物を撒き散らかした。

あー…。

手に持ったペットボトルからお水を一口飲み、こちらに駆け寄ってくる。

到着次第、彼女はワンピースの袖を差し出して一言。

「ねえ見て?お醤油がついちゃったの…。」

そこか。

最早突っ込む気力もなく、はいはいとなだめた後、彼女を家まで送る。

駅前で購入したアイスと共に。

 

15分程度の散歩の後、無事に家に到着する。

疲れ果てた僕たちはシャワーも浴びず、着替えだけを済ませ、彼女を膝に乗せた状態でテレビを観始めた。

アイスだけ与えておけば10分くらいは静かだろう。

 

と言う願いも虚しく、執拗に絡んでくる。

ここに書けるような内容の会話がほとんど無いのが残念だ。

酷い下ネタが多く、僕はそれを受け流すのにまた体力を使う羽目になった。

核心をついてきたのはその時だ。

「私のこと、『自分のこと可愛い可愛い言ってて面倒臭い』とか思ってるんでしょう。」

非常に察しがよく、また頭の良い子だった。

「あなたは知らないと思うけどね。」

そして、怒った時限定で、僕のことを「あなた」と呼ぶ。

「六大学とか、色々ある大学の中で早稲田の女子なんてクソ扱いなんですよ。」

 

そう、確かに所謂「ワセジョ」は謎の迫害を受ける生き物だ。

試しに検索してみるといい。

ちなみにweblio辞書だとこんな風に書いてある。

早稲田女子学生、あるいは卒業生を意味する表現一般的に洒落をはじめとした、他の女子大生が好むことに興味がない学生、あるいは群を抜いた酒豪など、一般的な女子大生らしさに欠け学生を指す語。主として一般女子学生から逸脱した存在として揶揄される場合、あるいは自虐する場合などに用いられることが多い表現

ワセジョとは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

これは…辞書としてまずどうなんだろう。

スピーチは続く。

 

「しかもね、その中でも理工の女子なんてもうカス扱いなんですよ、ゴミみたいな扱いを受けるわけなんですよ。」

珍しく敬語なんだな、などと考えていた。

「その中でくらい可愛いって思ってないと、私はもうやってられないんですよ。」

あーでも。

この話は、何となく分かった。

納得しつつある僕は、ここにきてようやく何か、彼女にかけるための優しい言葉を探し始めた。

矢先、酔っ払った彼女は寝てしまった。

 

何だか煮え切らないまま、僕は彼女の口からスプーンをゆっくりと引き抜き、部屋の隅に畳まれた布団を敷き、その上に彼女を寝かせ、携帯の充電器を差し、自分も彼女の隣に寝転んだ。

彼女には彼女なりの信念があるんだな、と思う。

なるほど、そこで僕は、確固たる信念を持って、ひと月後に別れようと決心した。

喫煙

このブログ、基本的に女性とお酒のことしか書いていない気がする。

ならば今日書くのはタバコについてだ。

酒、女、と来たら、タバコしかないだろう。


ある日旅行中に、喫煙所で友達から突然

「原くんって何でタバコ吸うの?」

と聞かれた。

清水くんという、とても温厚な男の子だ。

よくカフェのシフト終わりに、終電を飛ばしてお酒を飲み、カラオケオールをしていた。

ちなみに彼も愛煙家で、メビウススーパーライトを吸っていた。

「え、美味しいから。」

僕がそう答えると、清水くんはぽけーっとした顔でこちらを眺めていた。

「ほんとは、『美味しいから』って理由でタバコを吸う人はいないっていう話をしようとしてたんだ…。」

悲しそうな清水くん。実に愛らしい。

オチを潰してしまったらしい。


ところで、吸う理由は前述の通り、美味しいから、言い方を変えれば、味や香りが好きだからなのだけれど、せっかくなので吸い始めたきっかけなど書こうと思う。

 

 

大学生の頃、僕には付き合っている彼女がいた。

また女か、と思われるかもしれないけれど、安心してほしい。

まだこのブログには一度も登場していない女だ(最低)。

 

この彼女、かなり強気で。

そもそも気になったきっかけが、アルバイト先で僕が大きな失敗をして落ち込み、一瞬客席から後ろ、厨房を振り返った際に「お前情けねえ顔してんじゃねえ」と鳩尾に拳を一発頂いたことからだった。

あれは、非常に痛かった。


同い歳だがとても落ち着いていて、人当たりも非常に良く、皆に愛されていた。

何となくバイト終わりに飲みに行くようになり、何となく休日一緒に買い物に行くようになり、何となく、バイトが無い日もご飯に行くようになった。


僕がサークルの飲み会に行った日のこと。

「世界一周するぞ!」と言う謎の意気込みと共に、世界のビールが置いてあると売り出した居酒屋に僕らはいた。

また酒かと(中略)、はい、お酒です。


件の彼女は、大学も違えば当然サークルも違っていたため、その場にはいなかった。

いやしかし、早々に酔っ払った僕は浮ついた頭で二つ、その後の行動を決めた。

1.一次会で帰る。

2.例の彼女に会う。

幸運にも飲み会の場所は、彼女の住む最寄り駅だった。

完全にアルコールに侵された頭のまま、僕は彼女にLINEを送った。

「ごはんいきましょ」

食えるか!!!ビールでお腹パンパンだわ!


いやしかし幸運にも何故かその後会うことになった。

しかも、向こうもご飯を食べてしまったために、一緒に帰るだけ。

中学生か。

もう随分昔の話なので、会話の内容などほとんど覚えていない。

会うと決めた瞬間からお酒をボイコットし、水ばかり飲んで酔い醒ましをしていたので、そこまで支離滅裂ではなかったはずだ。


いや、まあ、最後の一手以外は。


僕が帰るための駅と、彼女の家は近かった。

よって、駅まで送っていくよ、と彼女から言われて集まった僕らは、駅の入り口の前でバイバイをした。

そこで、自転車のスタンドを立てて手を振る彼女を見て、酔っ払った僕は、彼女をうっかり抱き締めてしまった。


無言で去る。

地下鉄へと続く階段を降りながら、頭の中はパニックだった。

いや待て俺今何した!?

即刻LINEを開き、謝罪文を打ち込む。

「ええよー、こっちもあんたの顔赤いの移ったけんね笑」

バリバリの関東圏民である彼女が、謎のエセ関西弁で返してきた。

可愛すぎるだろ。


ひえええええとなりながら、僕は友達に相談の電話をかけるなどした。


この事件のあと、一週間後くらいに一緒にラーメン屋に行ったのだけれど、その時のギクシャク感といったら無かった。

しかし何とかそれからさらに二週間ほどかけてデートに漕ぎ付き、そして僕らは付き合うことになった。

 

 

付き合って半年ほど経った頃、僕らは結構重ための喧嘩をしていた。

きっかけが何だったのか、もう覚えていない。

その日もひとしきり電話で言い争いをした後、何だかどうしようもない気持ちになった僕は、近くにあったコンビニに立ち寄った。

そこで、ライターと、当時父親が吸っていたメビウススーパーライトをひとつ、購入した。


こうなったらタバコでも吸ってやる。

何てしょうもない。

いやしかし、この時の一服は僕にとってかなり大きな事件であり、そして失敗であった。

格好つけて一本口に咥え、息を軽く吸い込みながら火をつける。

そこからどうしたらいいのか分からなくなってしまった。

何だかモヤモヤが口の中に入り込むばかりで、味も香りも、吸っている感覚もよく分からない。

そうこうしてる内に一箱終わってしまった。

僕はしぶしぶコンビニに戻って、一箱追加した。

そして、観念してインターネットで吸い方を調べ、やっとこさ初めての喫煙を体験したのだった。

肺に入れるとかさ、普通わかんないよそんなの。


こうして僕は周りにひた隠しにしながらタバコデビューを果たした。

ちなみに彼女とはこの後一ヶ月するかしないかの内に別れてしまった。


それから色々な銘柄のタバコを吸った。

セブンスター、メビウスマルボロラッキーストライク、ピース、ホープ、ハイライト、ラーク、クール、パラダイス…。

お金が本当になくてエコーやわかばを吸っていた時期もあったけれど、二度と吸わないだろう。

何だかんだ今はアメスピに落ち着いているけれど、気分によって違う銘柄を買う時もある。

メンソールだったらセブンスターが好き、などと季節によって変えることもしばしばだ。


タバコの味や香りが好きなのはもちろんのこと、お酒を飲む時に、一杯終えた後にタバコを一本と、お水をひと口飲むことで口の中をリセットするのにも重宝している。

僕はタバコが好きなのだ。

 

 

ところで件の彼女と別れる際に、彼女のカバンからチラリと顔を覗かせるものがあった。

メビウスのオプション8だった。

「親のを持ってきた」と言っていたけれど、彼女もまたいつの間にか喫煙者になっていたのだ。


あの時僕は振られた側だったけれど、最後に二人で吸った一本が、何だかとても美味しかったような気がした。

真偽

 一番古い記憶の話をしよう。

 あれは確か小学校1年生の時。目の前に、ブランコに座って泣く女の子がいた。

普段からよく僕の一言が原因で泣いていた女の子。先生はいつも、何も聞かずに僕の頭にげんこつを降らせて、「××が謝りなさい。」と目を釣り上げていた。

 その日も、心配そうに駆け寄る先生の姿に、僕は身を固く引き締めた。

 


まだ結婚前の若い女の先生だ。僕の担任を2年、弟の担任を2年受け持った後、結婚したと風の噂で聞いた。その頃にはもう、同じ校舎の中にいても話す機会が無かったし、何度か弟の教室の近くを訪れても先生はニヤニヤとこちらを見るだけで、不快な気持ちになっていたため僕から話しかけることはしなかった。

 


 話を戻そう。

 身を引き締めた理由はもちろん、この後訪れるであろう握り拳の襲来に耐えるためだ。

 しかし、先生はこちらを一瞥してこう言い放った。

 「ここは××に任せた。」

そうしてグラウンドをさっさと横切って他の子達のところに行ってしまった。

 拳骨に襲われなかった安堵と、起きてしまった誤解への罪悪感がいっぺんに訪れた。

 そもそも普段から僕が暴言を吐くのは、彼女が(つまり泣いていた女の子が)僕の持ち物をゴミ箱に捨てたり、謂れのない中傷の言葉を投げかけてくるからだった。

 やられるだけでは気が済まなかった僕は、彼女のランドセルの中身を全てゴミ箱に放り込んだり、より酷い中傷の言葉をぶつけていたのであった。

 今でこそそれくらい、と思うのだが当時の僕にとってはそれが堪らなく苦痛だった。正当防衛を行う感覚。それでも事情を聞かずに僕が悪であることを決めつけるその女教師のことが嫌いだった。

 


 その日はたまたま、一人でブランコに乗るその女の子へ悪戯心が働いて、正面から突き飛ばした。

振り子のように揺れたブランコは、地面に落ちた彼女の顔に激突した。泣き出す彼女の姿を見て、ひとまずブランコの上に座らせた後、改めて暴言を吐いたのだ。鬼畜か。

 それをまた、あの女教師はろくに事実確認もせずに僕を肯定した。悪いことをしている自覚はあったのだから、むしろ責めてもらった方が良かった。

 


 いたたまれない気持ちのまま、僕は見かけだけ、僕のせいで泣く彼女を励ますことになった。本当に、何て事だ。事実と、評価と、気持ちと、行動がバラバラになっていく感覚がとても気持ち悪かった。

怪我

身体がほんの少しだけ、宙に浮かぶ。

自分が打てる数少ないコースのうち、相手コートの、対角線に向けて思い切りボールを打ち込む。

そして、着地の瞬間、足首に激痛が走り、驚きと共に、僕はコートに倒れた。

 

 

大学生活のうち3年間、僕はサークルでバレーボールをしていた。

ほとんど初心者で入った場所は、せめて少しでも上手くなれるようにと、大学のサークルにしては練習にも試合にも真剣に取り組むチームだった。

僕は身長が小さい。

身体も、バレーボールをするには余分な筋肉に覆われすぎていて重たかったため、いくらジャンプしても普通のネットでは、手首から上、ちょうど手のひら一枚分しか出ない。

サークルではリベロ、つまりレシーブ専門のポジションをやっていた。

 

バレーボールの授業を取っていた時の話だ。

男女混合で試合をする授業のネットは、僕たちが普段使っているものよりも随分低いものだった。

なるほど、珍しくスパイクが打てる。と、僕は張り切っていた。

そんなある日、授業のゲーム中に意気揚々とスパイクを打った僕は、そのまま相手の、ほんの少しこちらのコートに飛び出た足の上に着地してしまい、捻挫をした。

「何だこれ、は!?いったいんだけど!!!!」

即座に駆け寄って来た、授業の補助に入っていた先輩たちに担ぎ出され、先生の横のパイプ椅子に座らされ、靴を脱がされ、用意された氷水入りのアイスケースに足を突っ込まされた。

何が起きたのかわからないまま、なすがままだ。

先生が僕の足に触れる。そのまま足首を、左右に曲げられた。

「こっち、痛いか?」

「いやそっちはそうでも」

「こっちは?」

「いだだだだ」

「内転だね。」

「マジすか。」

ふと気付く。

「二週間後、大会があるんですけど。」

「これじゃ無理だね。」

「マジすか。」

「安静にしてなさい。あと、氷水から足、出しちゃダメだよ。」

気付くと、氷水で冷えて、また別の痛みが襲い始めた足を、僕は氷水から出していた。

しぶしぶ足を氷水に戻し、プレーを再開し始めているコートに視線を向けた。

 

無理は通らない。

レギュレーションの問題で、同じポジションの先輩はその大会に出ることが出来なかった。

しかも、その大会は先輩たちの最後のリーグ戦だった。

一部に上がれるかどうかの大事な試合。

今思えば、僕が出なくとも後輩や同期の誰かがポジションを変わって出れば良かった話だったのかもしれないが、僕はどうしてもその試合に出たかった。

 

忠告を聞くこともせず、その日の練習から、病院に行くこともせず、先輩に手伝ってもらって足首をテーピングでガチガチに固めた状態で練習に参加した。

低い体勢でボールに何とか飛びつく僕の動きに、テーピングは著しく邪魔だった。

動きづらい、しかも動けば痛い。

日常生活にも支障をきたしていて、まず道を満足に歩けなかった。

友達に肩を借りながら歩いたり、一人で片足ケンケンをしていた。

点字ブロックを踏んだ時なんて最悪だ。あらぬ方向に突然曲げられた足首を、即座に激痛が襲う。

何とか痛みにも慣れて来たところで、大会当日を迎えた。

 

何戦か、勝ったり負けたりを繰り返し、次の試合は負けられない。

ここで落とせば、一部リーグに上がる可能性は潰えてしまう。

身長180cmオーバーのガタイのいい、いつも優しい先輩に、足首をまたテーピングで固めてもらい、コートに向かう。

 

1セット目は落としてしまった。

2セット目、点差は開いていたが徐々に詰めている。

調子も上がってきて、相手の打つボールがよく見える。

今は相手のマッチポイント、ここをしのげばデュースまで持ち込める、まだ試合は分からない、といった展開になっていた。

僕がレシーブを構える対角線上、相手コートにはいつも、相手チームで一番強い奴、つまりエースがいる。

そいつが僕のいる方向へボールを力一杯打つ。

ボールの正面に飛びつく。

本当に、今日はよく見える。

ボールが上がり、相手のスパイカーが悔しそうな顔で何度もトスを呼ぶ姿すら見える。

ざまあみろ、何本だって上げられるぜ。

 

相手チームのエースは、チームで一番大切な時に、スパイクを決めなければならない。

きっと大学に入るまで中学、高校、大学と、何年もバレーボールに打ち込んで来たのだろう。

それで獲得したそのポジションで打つ渾身のスパイクを、大学から始めてたかだか2年くらいしかバレーボールをしていない僕に、何度も拾われている。

快感だった。

 

そしてそれは完全に、油断だった。

 

僕の身体は知らず知らずの内に、コートの内側に寄ってきてしまっていた。

相手のエースが、それまでよりほんの少し外側に、スパイクを打って来た。

あ、まずい。

いつも構えている場所ならアウトになるはずが、その時のボールは、コートの範囲を捉えていた。

外側の足に体重を乗せて、身体を落とす。

おかしい、テーピングが邪魔をして、普段通りに動けない。

痛い。

 

ボールは僕の、差し出した両腕の内、左腕のほんの少し外側に当たった。

そのまま弾かれたボールは、ネットに当たって、味方コートに落ちた。

 

 

嘘だ。

あんなに調子が良かったじゃないか。

これからって時に、何で。

 

何が起きたのか分からなかった。

先輩に連れられてコート脇で挨拶をし、荷物を置いている控えの場所に座り込んだ。

「原が悪いんじゃないよ。」と、声をかけられて、何も言えなかった。

内側にさえ、寄っていなければ。痛み止めを射って、テーピングをしていなければ。他のメンバーが出ていれば。せめて一週間でも安静にしていれば。あの時、授業でふざけてスパイクなんて打っていなければ。

取り返しのつかない状況に、もうどうしたらいいのか分からなかった。

 

チームは一部に上がることが出来なかった。

その次の試合は、結局先輩が他のチームメイトの名前を借りて出ることになった。

その試合の結末を、僕はもう覚えていない。

 

 

「勝つ」という目的が明確に用意されているスポーツにおいて、僕の出してきた結果はいつもこんな感じで、後悔ばかりが残る。

結果を出すのには、それなりに、いやしかし膨大な準備がいるのだ。

これまでの25年間の中で向き合って来た物事の中で、バレーボールはまだ比較的優しい方だった。

その日に思いついて試したことの結果が、その日、あるいは遅くとも一年以内には返ってくるからだ。

それがたとえ、失敗だとしても。

 

次は何で失敗するんだろうか。

ここ1年くらい、失敗というほどの何かをしていない。

京都でのお休みも、今日を入れてあと2日だ。

恋する

席替えが終わり、隣に座っているみほちゃんに「お前かよ!」とつっけんどんな態度を取り、あからさまに机を離す。

向こうも向こうで「なんだ原かあ」などと言いつつ机を離している。

そうして僕は隣を気にしつつ、前後にいる男友達に話しかける。

みほちゃんはみほちゃんで、後ろの席の女の子と喋りだしてしまった。

どうにも、僕は昔から、好きな子に素直になれない。

 

小学生の時、多分僕の初恋の相手と呼んでいいはず、みほちゃんとよく席が隣同士になっていた。

家もまあまあ近所で、憎まれ口を叩きつつも、学校の終わりや、休みの日に他の友達も含めた4人くらいで遊びに出かけていた。

とにかくよく突っかかってくる子で、よくある「あー!先生に言っちゃおー!」に始まり、「原、今回のテスト何点だったー?」などと、自らの点数を自慢してきていた。

自慢するくらいだから非常に成績が良い子で、テストはほとんど満点だった。

これが中学校に上がると、学年で順位が出るのだが、彼女は大抵200人中の2位で、悪くても10位くらいだった。

一方僕はその頃、勉強をする時としない時の気分の差が激しすぎて、良くて10位、悪い時は100位くらいまで、幅広い順位をふらふらとしていた。

差は歴然なはずなのに、テスト終わり、廊下ですれ違う度に突っかかってくる。

まあ、みほちゃんの事が好きだった僕にとっては、それも嬉しいことだったのだけれど。

 

ある日、机の中に「果たし状」が入っていたことがあった。

あれは確か、小学校6年生の時のことだ。

廊下に出て開いてみると、「放課後、校舎裏に来い。」とだけ書いてある。

明らかに女の子の字で。

こんな事をするのは一人しかいないと、ニヤける心を抑えつつ、何でもなかったフリを装いながら教室へ戻る。

こっそり視線を向けてみれば、みほちゃんと、よく一緒に遊びに行くメンバーの女の子が、一緒にこちらの様子を伺っているように見えた。

 

そして放課後、後者の裏に来てみたら、そこに二人ともいた。

え、二人なの。

 

「原、交換日記、しよう。しなきゃ××す。」

みほちゃんはサラッと脅迫罪に抵触するような発言をしつつ、思いもよらないお誘いをしてきた。

半歩後ろで、その友達が僕達の様子を見守っている。

どういう事なんだ。

「え、いいけど、3人で?」

「うん。」

正直期待していた内容ではなかったけれど、僕は嬉しかった。

 

それから、一冊の交換日記を日毎に回すことになった。

薄っぺらい、如何にも女の子っぽいデザインの交換日記だ。

三日に一度、それが回ってくる。

知らない間に机の中に、あるいは下駄箱の中に突っ込まれていたり、帰り道で唐突に渡されたり、学校で他の人に気づかれないように、プリントに紛れて渡されたり。

内容はその日に起きた出来事であったり、時には次に回す人への質問であったり、そういった本当にくだらない内容を僕たちは日々書き綴っていった。

たかがその程度の交換日記が、楽しかった。

 

 

結局僕とみほちゃんの関係がそれ以上進展することはなかった。

交換日記も、中学生に上がる時にやめてしまったし、同時に僕たちが一緒に遊ぶ機会も少なくなっていった。

中学生になるとパソコンを使い始め、「今日夜8時に」などと教室で何人かの友達と約束をしてメールのやり取りをしていたのだけれど、みほちゃんとメールをするのは多くても月に一度程度だった。

 

その後僕は中学2年生になる時に転校をして、それまで住んでいた福島から東京に引っ越してしまったため、自然とみほちゃんとも疎遠になってしまった。

 

 

それは僕が大学生になって、半年ほど経ったある日のことだ。

福島の友達とラインをしていると、唐突に「原ってみほのこと好きだったの?」と聞かれた。

昔の話だったし今となっては、と思い素直に「そうだよ」と返した。

「ライン、教えようか。」

思ってもみない提案だった。

ちょうど、高校生の頃から付き合っていた彼女と別れたばかりだったし、昔に戻った気がして、胸が踊った。

「是非に」と返事をすると、アカウントが送られてきた。

僕は早速連絡をしてみることにした。

久しぶり、といったおきまりの挨拶もそこそこに、最近どうなの、と通っている大学の話や今している勉強の話、サークルの話などをした。

どうやらみほちゃんは頭の良さが転じて大学には主席で合格をし、今は東京の大学に通っているらしい。

これは願ってもない好機と、一緒に飲みに行く約束を取り付けた。

しかも何故か、彼女の家で。

 

期待せざるを得ない。

いやそういう、いかがわしいことではなくて、単純に「これは脈ありなのか?」と僕の胸は踊り狂っていた。

そうして迎えた当日、僕は東京にいても中々使うことのない電車を乗り継いで、彼女の家の最寄駅に降り立った。

久しぶりに会った彼女は、驚くほど変わっていなかった。

話のテンポもそうだけれど、何より見た目が全然変わっていない。

驚きつつ、嬉しさもありつつ、二人で買い物を済ませ、家に向かった。

 

慣れないお酒を二人で少しずつ飲みながら、昔の話や、今の話をしこたました。

中々盛り上がっている、と言うか昔と何も変わらず、自然に話せていることに少し驚いた。

しかし僕ももう大学生だ、あの頃の奥手な少年とは違う。

少し探りを入れてみることにした。

「そういえば、好きな人とかいるの?」

もうこの質問が完全に失敗だった。

 

 

3時間。

それから3時間、ひたすらみほちゃんの好きな人の話を聞くことになる。

顔に出さないよう、必死に取り繕う僕。さも興味ありげに質問や相槌を繰り返す。

彼女は終始楽しそうに話していたので、きっと僕は名演技を披露してしまったのだろう。

それかよほど僕に興味がないかのどちらかだ。

3時間の間に、これは耐えきれんと何度かトイレに立ち、トイレの中で友達に助けを求めた。

「初恋の人と中学生以来久しぶりに再会して宅飲みをしているのだけれど、もう2時間ほどひたすら好きな人の話をされていて辛い。」

 

どういう状況なのだ、これは。

と言うか何で僕は、知らん男がディズニーランドの入り口の前で、一人で社交ダンスを踊っている動画を見せられなきゃならんのだ。

「わざわざ舞浜まで行ったのにディズニーランドにも入らずに入り口の前で踊って帰って来たんだよ~ねえこれほんと面白くない!?」

面白くないわ、バカか。

んなデートをするやつが目の前にいたら、即刻正座をさせて3時間ほど説教してやる。

実際に3時間地獄を体験したのは僕だったけれど。

強くもないのに、その場にあったお酒を何本も開けてしまった。

 

そうして彼女が満足するほど話し切ったのち、僕はもうあらゆる面で限界を迎えていたし、終電の時間も近づいていたのでお開きにすることになった。

僕は酔っ払っていた。

玄関口で、見送りをする彼女に、酔った勢いで言ってしまった。

「僕さ、みほちゃんのこと好きだったんだよ。」

「ありがと!」

間髪入れずに満面の笑みになるみほちゃん。

これは勝てない、と確信し、僕はじゃあねと挨拶を済ませ、外に出た。

外は大雨だった。

傘を差しても膝から下がぐしゃぐしゃになってしまうくらい、音もゴーゴーと、ものすごい勢いで降っている。

もうなるようになれと、傘で顔を隠しながら、ワンワン号泣しながら歩いた。

僕の10年越しの初恋は、今日ついに終わりを迎えたのだと、ひたすらに悲しかった。

ふと傘を上げてみると、通行人が皆こちらを振り返っていた。

恥ずかしさよりも悲しさの方が勝っていた僕は、再び傘で顔を隠しながら号泣し、駅に向かって歩き続けた。

 

 

あれ以来、みほちゃんから連絡が返ってくることはなくなった。

とは言え一度しか試していないし、その後アカウントが変わってしまったので、連絡先はもう消えてしまった。

今何をしているんだろう。

と言うか、あの時の彼とはどうなったんだろうか。

気にはなるけれど、確かめる手段は、もう僕には無い。

色の話

僕には生まれてから一緒にいる、同い年の幼馴染が二人、いる。

 

 

一人は女の子。

幼い男の子なんて簡単なもので、僕は幼稚園に通っている頃、その子のことが好きだった(らしい)。

お母さんに「僕、大きくなったら〇〇ちゃんと結婚するんだよね?」と聞いていた(らしい)。

まあ当時の彼女は、おしっこを漏らして真っ裸で園内を走り回っていたわけだけど。

 

強気な女の子で、僕たち兄弟三人も、幼馴染の他の男の子二人も、その子に翻弄されっぱなしだった。

大学生の頃、彼氏がいなくなったからとお酒の席で「え、ともくん私と付き合わない?ママもパパも絶対喜ぶよ?」と言われ、それが不必要に、しかし非常に僕の頭を悩ませた。

深夜お酒を飲みながら、どうすれば良いのかと友人と話した末、「お前一度くらいデート行ってこいよ!」となり、意を決して「デートしよっか」とラインをした。

そうしたらこれまた酷い話で、突然ラインが返ってこなくなってしまった。

聞けばその二週間後に、彼氏が出来たらしい。

特に好きだったわけではないけれど、何だかやるせない気持ちになったのを覚えている。

 

 

もう一人は、男の子。

絵とピアノがものすごく上手で、小さな喫茶店でたまに個展を開いたりしているらしい。

今は仕事を始めたのでめったに聞かなくなっているが、学校帰りに、自分の住む団地の、すぐ下の部屋から、ピアノを弾く音がよく聴こえていた。

 

本当に綺麗な絵を描く子だった。

 

それは、彼の風景画を見ていた時の事だった。

一緒に見ていた先生が、「彼には山の緑が、こんなにもたくさんの色に見えているんだね。」と言った。

なるほど、確かに葉っぱの色が一種類ではない。

黄色っぽい色から深緑まで、様々な色で塗りあげられている。

風景を見た時に、それを表現すべく色の種類を自分の中で抽出する作業が、きっと僕には出来ないだろう。

 

 

 

ところで色と言えば、女性と買い物に出かけた時に、似たような洋服を両手に持って現れることが、よくある。

そうして彼女達は、僕らにこう聞くわけだ。

「ねえ、どっちがいいと思う?」

どう見ても似たような形をしている。色もそっくりだ。

一概にどちらが良いと、はっきり言えなくて困る。

そうして迷っている内に彼女の機嫌はどんどん悪くなっていく…。

僕も「真面目に考えて」と怒られたことが何度もある。

決して適当でいいと思っているわけではないのに。

 

そもそも、女性は男性に比べて、生物学的に、色を認識する能力に長けているのだ。

詳しくは割愛するけれど、男性ホルモンの働きによって、我々男性は女性よりも優れた動体視力を手にいれる代わりに、色覚能力において、劣っている。と、言われている。

また、色を認識するための錐体細胞を、多くの人は3つ持っていて、それら3つの細胞が、各々担当している色の認識を行なっている(ざっくり、赤系担当、青系担当、緑系担当、といったように)のだけれど、男性のうち20人に1人は、その細胞が2つしかない。

細胞が少ないという事は、あるはずだった細胞の、担当している色の認識が難しくなる。

つまり、認識出来る色の種類が他の人よりも少ない。例えば、赤と緑の区別がつかなかったりする。

女性でこの色覚異常が発生する確率は、男性のさらに25分の1程度だ。

しかも、女性のうちざっくり9人に1人は、この錐体細胞を4つ持っているらしい。

4つ持っていると、今度は認識出来る色の種類が極端に増える。

一説によると、潜在的には一億種類以上の色を認識することが出来るようになるらしい。

 

 

少し長くなってしまった。

要するに、遺伝子レベルで男性と女性では、見えている世界がそもそも違うのだ。

洋服の色の違いを完璧に共有するなんてことは土台無理な話だし、あの日デートに誘った僕に対して、幼馴染の女の子にどんな感情の動きがあったかなんて、到底分かるはずもない。