怪我

身体がほんの少しだけ、宙に浮かぶ。

自分が打てる数少ないコースのうち、相手コートの、対角線に向けて思い切りボールを打ち込む。

そして、着地の瞬間、足首に激痛が走り、驚きと共に、僕はコートに倒れた。

 

 

大学生活のうち3年間、僕はサークルでバレーボールをしていた。

ほとんど初心者で入った場所は、せめて少しでも上手くなれるようにと、大学のサークルにしては練習にも試合にも真剣に取り組むチームだった。

僕は身長が小さい。

身体も、バレーボールをするには余分な筋肉に覆われすぎていて重たかったため、いくらジャンプしても普通のネットでは、手首から上、ちょうど手のひら一枚分しか出ない。

サークルではリベロ、つまりレシーブ専門のポジションをやっていた。

 

バレーボールの授業を取っていた時の話だ。

男女混合で試合をする授業のネットは、僕たちが普段使っているものよりも随分低いものだった。

なるほど、珍しくスパイクが打てる。と、僕は張り切っていた。

そんなある日、授業のゲーム中に意気揚々とスパイクを打った僕は、そのまま相手の、ほんの少しこちらのコートに飛び出た足の上に着地してしまい、捻挫をした。

「何だこれ、は!?いったいんだけど!!!!」

即座に駆け寄って来た、授業の補助に入っていた先輩たちに担ぎ出され、先生の横のパイプ椅子に座らされ、靴を脱がされ、用意された氷水入りのアイスケースに足を突っ込まされた。

何が起きたのかわからないまま、なすがままだ。

先生が僕の足に触れる。そのまま足首を、左右に曲げられた。

「こっち、痛いか?」

「いやそっちはそうでも」

「こっちは?」

「いだだだだ」

「内転だね。」

「マジすか。」

ふと気付く。

「二週間後、大会があるんですけど。」

「これじゃ無理だね。」

「マジすか。」

「安静にしてなさい。あと、氷水から足、出しちゃダメだよ。」

気付くと、氷水で冷えて、また別の痛みが襲い始めた足を、僕は氷水から出していた。

しぶしぶ足を氷水に戻し、プレーを再開し始めているコートに視線を向けた。

 

無理は通らない。

レギュレーションの問題で、同じポジションの先輩はその大会に出ることが出来なかった。

しかも、その大会は先輩たちの最後のリーグ戦だった。

一部に上がれるかどうかの大事な試合。

今思えば、僕が出なくとも後輩や同期の誰かがポジションを変わって出れば良かった話だったのかもしれないが、僕はどうしてもその試合に出たかった。

 

忠告を聞くこともせず、その日の練習から、病院に行くこともせず、先輩に手伝ってもらって足首をテーピングでガチガチに固めた状態で練習に参加した。

低い体勢でボールに何とか飛びつく僕の動きに、テーピングは著しく邪魔だった。

動きづらい、しかも動けば痛い。

日常生活にも支障をきたしていて、まず道を満足に歩けなかった。

友達に肩を借りながら歩いたり、一人で片足ケンケンをしていた。

点字ブロックを踏んだ時なんて最悪だ。あらぬ方向に突然曲げられた足首を、即座に激痛が襲う。

何とか痛みにも慣れて来たところで、大会当日を迎えた。

 

何戦か、勝ったり負けたりを繰り返し、次の試合は負けられない。

ここで落とせば、一部リーグに上がる可能性は潰えてしまう。

身長180cmオーバーのガタイのいい、いつも優しい先輩に、足首をまたテーピングで固めてもらい、コートに向かう。

 

1セット目は落としてしまった。

2セット目、点差は開いていたが徐々に詰めている。

調子も上がってきて、相手の打つボールがよく見える。

今は相手のマッチポイント、ここをしのげばデュースまで持ち込める、まだ試合は分からない、といった展開になっていた。

僕がレシーブを構える対角線上、相手コートにはいつも、相手チームで一番強い奴、つまりエースがいる。

そいつが僕のいる方向へボールを力一杯打つ。

ボールの正面に飛びつく。

本当に、今日はよく見える。

ボールが上がり、相手のスパイカーが悔しそうな顔で何度もトスを呼ぶ姿すら見える。

ざまあみろ、何本だって上げられるぜ。

 

相手チームのエースは、チームで一番大切な時に、スパイクを決めなければならない。

きっと大学に入るまで中学、高校、大学と、何年もバレーボールに打ち込んで来たのだろう。

それで獲得したそのポジションで打つ渾身のスパイクを、大学から始めてたかだか2年くらいしかバレーボールをしていない僕に、何度も拾われている。

快感だった。

 

そしてそれは完全に、油断だった。

 

僕の身体は知らず知らずの内に、コートの内側に寄ってきてしまっていた。

相手のエースが、それまでよりほんの少し外側に、スパイクを打って来た。

あ、まずい。

いつも構えている場所ならアウトになるはずが、その時のボールは、コートの範囲を捉えていた。

外側の足に体重を乗せて、身体を落とす。

おかしい、テーピングが邪魔をして、普段通りに動けない。

痛い。

 

ボールは僕の、差し出した両腕の内、左腕のほんの少し外側に当たった。

そのまま弾かれたボールは、ネットに当たって、味方コートに落ちた。

 

 

嘘だ。

あんなに調子が良かったじゃないか。

これからって時に、何で。

 

何が起きたのか分からなかった。

先輩に連れられてコート脇で挨拶をし、荷物を置いている控えの場所に座り込んだ。

「原が悪いんじゃないよ。」と、声をかけられて、何も言えなかった。

内側にさえ、寄っていなければ。痛み止めを射って、テーピングをしていなければ。他のメンバーが出ていれば。せめて一週間でも安静にしていれば。あの時、授業でふざけてスパイクなんて打っていなければ。

取り返しのつかない状況に、もうどうしたらいいのか分からなかった。

 

チームは一部に上がることが出来なかった。

その次の試合は、結局先輩が他のチームメイトの名前を借りて出ることになった。

その試合の結末を、僕はもう覚えていない。

 

 

「勝つ」という目的が明確に用意されているスポーツにおいて、僕の出してきた結果はいつもこんな感じで、後悔ばかりが残る。

結果を出すのには、それなりに、いやしかし膨大な準備がいるのだ。

これまでの25年間の中で向き合って来た物事の中で、バレーボールはまだ比較的優しい方だった。

その日に思いついて試したことの結果が、その日、あるいは遅くとも一年以内には返ってくるからだ。

それがたとえ、失敗だとしても。

 

次は何で失敗するんだろうか。

ここ1年くらい、失敗というほどの何かをしていない。

京都でのお休みも、今日を入れてあと2日だ。

恋する

席替えが終わり、隣に座っているみほちゃんに「お前かよ!」とつっけんどんな態度を取り、あからさまに机を離す。

向こうも向こうで「なんだ原かあ」などと言いつつ机を離している。

そうして僕は隣を気にしつつ、前後にいる男友達に話しかける。

みほちゃんはみほちゃんで、後ろの席の女の子と喋りだしてしまった。

どうにも、僕は昔から、好きな子に素直になれない。

 

小学生の時、多分僕の初恋の相手と呼んでいいはず、みほちゃんとよく席が隣同士になっていた。

家もまあまあ近所で、憎まれ口を叩きつつも、学校の終わりや、休みの日に他の友達も含めた4人くらいで遊びに出かけていた。

とにかくよく突っかかってくる子で、よくある「あー!先生に言っちゃおー!」に始まり、「原、今回のテスト何点だったー?」などと、自らの点数を自慢してきていた。

自慢するくらいだから非常に成績が良い子で、テストはほとんど満点だった。

これが中学校に上がると、学年で順位が出るのだが、彼女は大抵200人中の2位で、悪くても10位くらいだった。

一方僕はその頃、勉強をする時としない時の気分の差が激しすぎて、良くて10位、悪い時は100位くらいまで、幅広い順位をふらふらとしていた。

差は歴然なはずなのに、テスト終わり、廊下ですれ違う度に突っかかってくる。

まあ、みほちゃんの事が好きだった僕にとっては、それも嬉しいことだったのだけれど。

 

ある日、机の中に「果たし状」が入っていたことがあった。

あれは確か、小学校6年生の時のことだ。

廊下に出て開いてみると、「放課後、校舎裏に来い。」とだけ書いてある。

明らかに女の子の字で。

こんな事をするのは一人しかいないと、ニヤける心を抑えつつ、何でもなかったフリを装いながら教室へ戻る。

こっそり視線を向けてみれば、みほちゃんと、よく一緒に遊びに行くメンバーの女の子が、一緒にこちらの様子を伺っているように見えた。

 

そして放課後、後者の裏に来てみたら、そこに二人ともいた。

え、二人なの。

 

「原、交換日記、しよう。しなきゃ××す。」

みほちゃんはサラッと脅迫罪に抵触するような発言をしつつ、思いもよらないお誘いをしてきた。

半歩後ろで、その友達が僕達の様子を見守っている。

どういう事なんだ。

「え、いいけど、3人で?」

「うん。」

正直期待していた内容ではなかったけれど、僕は嬉しかった。

 

それから、一冊の交換日記を日毎に回すことになった。

薄っぺらい、如何にも女の子っぽいデザインの交換日記だ。

三日に一度、それが回ってくる。

知らない間に机の中に、あるいは下駄箱の中に突っ込まれていたり、帰り道で唐突に渡されたり、学校で他の人に気づかれないように、プリントに紛れて渡されたり。

内容はその日に起きた出来事であったり、時には次に回す人への質問であったり、そういった本当にくだらない内容を僕たちは日々書き綴っていった。

たかがその程度の交換日記が、楽しかった。

 

 

結局僕とみほちゃんの関係がそれ以上進展することはなかった。

交換日記も、中学生に上がる時にやめてしまったし、同時に僕たちが一緒に遊ぶ機会も少なくなっていった。

中学生になるとパソコンを使い始め、「今日夜8時に」などと教室で何人かの友達と約束をしてメールのやり取りをしていたのだけれど、みほちゃんとメールをするのは多くても月に一度程度だった。

 

その後僕は中学2年生になる時に転校をして、それまで住んでいた福島から東京に引っ越してしまったため、自然とみほちゃんとも疎遠になってしまった。

 

 

それは僕が大学生になって、半年ほど経ったある日のことだ。

福島の友達とラインをしていると、唐突に「原ってみほのこと好きだったの?」と聞かれた。

昔の話だったし今となっては、と思い素直に「そうだよ」と返した。

「ライン、教えようか。」

思ってもみない提案だった。

ちょうど、高校生の頃から付き合っていた彼女と別れたばかりだったし、昔に戻った気がして、胸が踊った。

「是非に」と返事をすると、アカウントが送られてきた。

僕は早速連絡をしてみることにした。

久しぶり、といったおきまりの挨拶もそこそこに、最近どうなの、と通っている大学の話や今している勉強の話、サークルの話などをした。

どうやらみほちゃんは頭の良さが転じて大学には主席で合格をし、今は東京の大学に通っているらしい。

これは願ってもない好機と、一緒に飲みに行く約束を取り付けた。

しかも何故か、彼女の家で。

 

期待せざるを得ない。

いやそういう、いかがわしいことではなくて、単純に「これは脈ありなのか?」と僕の胸は踊り狂っていた。

そうして迎えた当日、僕は東京にいても中々使うことのない電車を乗り継いで、彼女の家の最寄駅に降り立った。

久しぶりに会った彼女は、驚くほど変わっていなかった。

話のテンポもそうだけれど、何より見た目が全然変わっていない。

驚きつつ、嬉しさもありつつ、二人で買い物を済ませ、家に向かった。

 

慣れないお酒を二人で少しずつ飲みながら、昔の話や、今の話をしこたました。

中々盛り上がっている、と言うか昔と何も変わらず、自然に話せていることに少し驚いた。

しかし僕ももう大学生だ、あの頃の奥手な少年とは違う。

少し探りを入れてみることにした。

「そういえば、好きな人とかいるの?」

もうこの質問が完全に失敗だった。

 

 

3時間。

それから3時間、ひたすらみほちゃんの好きな人の話を聞くことになる。

顔に出さないよう、必死に取り繕う僕。さも興味ありげに質問や相槌を繰り返す。

彼女は終始楽しそうに話していたので、きっと僕は名演技を披露してしまったのだろう。

それかよほど僕に興味がないかのどちらかだ。

3時間の間に、これは耐えきれんと何度かトイレに立ち、トイレの中で友達に助けを求めた。

「初恋の人と中学生以来久しぶりに再会して宅飲みをしているのだけれど、もう2時間ほどひたすら好きな人の話をされていて辛い。」

 

どういう状況なのだ、これは。

と言うか何で僕は、知らん男がディズニーランドの入り口の前で、一人で社交ダンスを踊っている動画を見せられなきゃならんのだ。

「わざわざ舞浜まで行ったのにディズニーランドにも入らずに入り口の前で踊って帰って来たんだよ~ねえこれほんと面白くない!?」

面白くないわ、バカか。

んなデートをするやつが目の前にいたら、即刻正座をさせて3時間ほど説教してやる。

実際に3時間地獄を体験したのは僕だったけれど。

強くもないのに、その場にあったお酒を何本も開けてしまった。

 

そうして彼女が満足するほど話し切ったのち、僕はもうあらゆる面で限界を迎えていたし、終電の時間も近づいていたのでお開きにすることになった。

僕は酔っ払っていた。

玄関口で、見送りをする彼女に、酔った勢いで言ってしまった。

「僕さ、みほちゃんのこと好きだったんだよ。」

「ありがと!」

間髪入れずに満面の笑みになるみほちゃん。

これは勝てない、と確信し、僕はじゃあねと挨拶を済ませ、外に出た。

外は大雨だった。

傘を差しても膝から下がぐしゃぐしゃになってしまうくらい、音もゴーゴーと、ものすごい勢いで降っている。

もうなるようになれと、傘で顔を隠しながら、ワンワン号泣しながら歩いた。

僕の10年越しの初恋は、今日ついに終わりを迎えたのだと、ひたすらに悲しかった。

ふと傘を上げてみると、通行人が皆こちらを振り返っていた。

恥ずかしさよりも悲しさの方が勝っていた僕は、再び傘で顔を隠しながら号泣し、駅に向かって歩き続けた。

 

 

あれ以来、みほちゃんから連絡が返ってくることはなくなった。

とは言え一度しか試していないし、その後アカウントが変わってしまったので、連絡先はもう消えてしまった。

今何をしているんだろう。

と言うか、あの時の彼とはどうなったんだろうか。

気にはなるけれど、確かめる手段は、もう僕には無い。

色の話

僕には生まれてから一緒にいる、同い年の幼馴染が二人、いる。

 

 

一人は女の子。

幼い男の子なんて簡単なもので、僕は幼稚園に通っている頃、その子のことが好きだった(らしい)。

お母さんに「僕、大きくなったら〇〇ちゃんと結婚するんだよね?」と聞いていた(らしい)。

まあ当時の彼女は、おしっこを漏らして真っ裸で園内を走り回っていたわけだけど。

 

強気な女の子で、僕たち兄弟三人も、幼馴染の他の男の子二人も、その子に翻弄されっぱなしだった。

大学生の頃、彼氏がいなくなったからとお酒の席で「え、ともくん私と付き合わない?ママもパパも絶対喜ぶよ?」と言われ、それが不必要に、しかし非常に僕の頭を悩ませた。

深夜お酒を飲みながら、どうすれば良いのかと友人と話した末、「お前一度くらいデート行ってこいよ!」となり、意を決して「デートしよっか」とラインをした。

そうしたらこれまた酷い話で、突然ラインが返ってこなくなってしまった。

聞けばその二週間後に、彼氏が出来たらしい。

特に好きだったわけではないけれど、何だかやるせない気持ちになったのを覚えている。

 

 

もう一人は、男の子。

絵とピアノがものすごく上手で、小さな喫茶店でたまに個展を開いたりしているらしい。

今は仕事を始めたのでめったに聞かなくなっているが、学校帰りに、自分の住む団地の、すぐ下の部屋から、ピアノを弾く音がよく聴こえていた。

 

本当に綺麗な絵を描く子だった。

 

それは、彼の風景画を見ていた時の事だった。

一緒に見ていた先生が、「彼には山の緑が、こんなにもたくさんの色に見えているんだね。」と言った。

なるほど、確かに葉っぱの色が一種類ではない。

黄色っぽい色から深緑まで、様々な色で塗りあげられている。

風景を見た時に、それを表現すべく色の種類を自分の中で抽出する作業が、きっと僕には出来ないだろう。

 

 

 

ところで色と言えば、女性と買い物に出かけた時に、似たような洋服を両手に持って現れることが、よくある。

そうして彼女達は、僕らにこう聞くわけだ。

「ねえ、どっちがいいと思う?」

どう見ても似たような形をしている。色もそっくりだ。

一概にどちらが良いと、はっきり言えなくて困る。

そうして迷っている内に彼女の機嫌はどんどん悪くなっていく…。

僕も「真面目に考えて」と怒られたことが何度もある。

決して適当でいいと思っているわけではないのに。

 

そもそも、女性は男性に比べて、生物学的に、色を認識する能力に長けているのだ。

詳しくは割愛するけれど、男性ホルモンの働きによって、我々男性は女性よりも優れた動体視力を手にいれる代わりに、色覚能力において、劣っている。と、言われている。

また、色を認識するための錐体細胞を、多くの人は3つ持っていて、それら3つの細胞が、各々担当している色の認識を行なっている(ざっくり、赤系担当、青系担当、緑系担当、といったように)のだけれど、男性のうち20人に1人は、その細胞が2つしかない。

細胞が少ないという事は、あるはずだった細胞の、担当している色の認識が難しくなる。

つまり、認識出来る色の種類が他の人よりも少ない。例えば、赤と緑の区別がつかなかったりする。

女性でこの色覚異常が発生する確率は、男性のさらに25分の1程度だ。

しかも、女性のうちざっくり9人に1人は、この錐体細胞を4つ持っているらしい。

4つ持っていると、今度は認識出来る色の種類が極端に増える。

一説によると、潜在的には一億種類以上の色を認識することが出来るようになるらしい。

 

 

少し長くなってしまった。

要するに、遺伝子レベルで男性と女性では、見えている世界がそもそも違うのだ。

洋服の色の違いを完璧に共有するなんてことは土台無理な話だし、あの日デートに誘った僕に対して、幼馴染の女の子にどんな感情の動きがあったかなんて、到底分かるはずもない。

発信者はワ・タ・シ

巷で最近、「カメラを止めるな!」という映画が流行っているらしい。

まあ僕が今滞在している山奥には、映画館なんてハイカラなものは存在しないため、お目にかかるのは少なくとも東京に帰ってからになりそうだけれど。

結構評判が良いので、是非とも観てみたいと思う。

 

ところでこの映画、「原作者は誰だ」みたいなことで揉めているらしい。

何が問題なのか、正直あまり知らない。

いや何となく分かるんだけど、関わる人間や、各々が主張している事柄が多すぎて、自分の中でイマイチはっきりしないのだ。

劇団時代の原作者(の一人)のnoteを読んでみたものの、内容が全く頭に入ってこなかった。

何だか伝えたいことがはっきりしないし、脱字が多い。

どうしても伝えたいことがあるのなら、それくらいチェックしてから公開すればいいのに、と単純に思う。

 

同劇団のメンバーが補足ツイートをしていたのを見たけれど、面倒臭いので誰かひとまとめにしてすっきりさせてよ、とすら思う。

脱字だらけのnoteと、140文字以内という制限が課せられたツイートの連投だけでは、伝わるものも伝わらない。

 

 

何でこんな面倒臭がるって。

それもそのはず、僕は物作りをする人間ではない。

絵も文章もかけないし、何か形になるものを作ったり、お話を考えたり出来ない。

音楽は好きだし、ギターを少しだけ練習したこともあったけれど、それでもやはり、僕は表現者ではないのだ。

つまり、著作権に対しての認識がかなり甘い人間なのだ、僕は。

世の中にいる、中途半端に関心を持つ人たち、大体こんなもんよね。多分。

 

 

昨夜もChromeのタブ機能を駆使して、この話題に関連する内容の記事を読み漁っていたものの、あまりの煩雑さに疲れてしまった。

諦め半分、Twitterのアプリを呼び出し、約ひと月ぶりにTwitterのアカウントを切り替えた。

大学時代の知人を何人かフォローしてあるアカウントを呼び出す。

そうしたら驚いた。

TLがあの「カメラを止めるな!」の話題で埋め尽くされている。

それも知らないアカウントがたくさん。

それらのツイートは全て、一つのアカウントのRTによって表示されたツイートだった。

RTしていたのは僕の、学部の先輩だ。

結婚パーティにお呼ばれしたり、新婚ほやほやの新居にビール片手にお邪魔して奥さんと三人でお酒を飲むくらいには、仲良くさせていただいている。

先輩も奥さんも僕のことを息子のように可愛がってくれる(ちょっとたまに恥ずかしい)。

その先輩はどうやら、劇団の関係者だったらしい。

 

なるほど。

そこで僕は思った。

「詳しいことは、気になったら先輩に聞けばいいや。」

そうして僕は、再びChromeを起動し、検索エンジンから大量に開いていた「カメラを止めるな!」関連のタブを全て消した。

 

まあそんなもんである。

これが別に、noteの文章が精巧に仕上がっていても結論は変わらなかっただろう。

基本的にインターネット上に上がっている情報なんて、興味を引くほんの少しのきっかけくらいにしかならないのだ。

しかも知らない人が書いた内容なんて、笑っちゃうほど面白かったり、内容が綺麗にこちらのツボを撃ち抜かない限り、もう判断する段階にすら来ないのだ。

そんなものを根を詰めて読むよりも、よっぽど信頼出来る知人に話を聞いてしまった方が、すっきりするだろう。

 

東京に帰ったらお酒を飲む約束もしているし、ちょうど良い。

初めての終わり

どんなアイドルにも、終わりは必ず訪れる。 

 

僕にとって、初めてのその日は、突然訪れた。

秋葉原ディアステージで行われた千影みみさんの2周年イベントの時のことだ。

その時もちょうど、「何で推しているのかわからない」時期に突入したままイベント当日を迎えていた。

しかし千影みみさんのジャックライブを見ていて、やはりそのライブは圧巻で、「ここにいてもいい」と言われているようだった。

この子を推し続けよう。

僕の目からは、自然と涙がこぼれ落ちていた。

しかし曲中、ふと気付く。

違う、これは。

これは、別れの挨拶だ。

涙がもう、止まらなかった。

 

今なら分かるんだけど、あれは完全に、卒業間際の、いわゆる、ファイナルモードのそれだった。

 

曲が終わり、ライブ中のMCの時間が始まる。

ああ、いやだ。

お願いだから、それを言わないでくれ。

しかし、願いも虚しく、彼女の口から、翌月卒業をすると、発表があった。

フロアに僕の嗚咽が響いていたのだけ、何となく覚えている。

そして始まる「Fly / BiS」

初めて聴く曲なのに、あのイントロは本当に最高だと思う。

泣き崩れて折れ曲がった僕の身体は、曲の力強さに押されてゆっくりと持ち上がった。

しかしサビでオタ芸を打とうにも、やはり涙は止まらず、どうしても打つことが出来なかった。

あんなに頑張って覚えたオタ芸も、MIXも、もう何の意味も持っていなかった。

続いて「僕の気になるあの娘の新曲は少し残念だった」が始まり、そして終わった。

ライブの終わりと共に、僕は完全に泣き崩れていた。

その後、ステージ上でツーショットチェキ会が始まると言うのに、僕はステージに座り込んで呆然としていた。

仲良しのオタクが、「ここにいちゃダメだ」と僕を外に連れ出してくれた。

僕はいつ拾ったのか分からない、自分のジャケットを握りしめたまま、店の前の、秋葉原の路上で泣き伏せていた。

 

その後僕は、ひと月ディアステージに通い、千影みみさんの卒業を、僕にとって初めての推しメンの卒業を体験した。

二日間に渡って行われた卒業ライブも、やはり最高だった。

 

 

印象的なエピソードがある。

それは、卒業後、オタクの友達と二人、中華屋でお酒を飲んでいた時の事だ。

 

「君さ、オタクやめるの?」

問いかける彼は、僕をディアステージに初めて連れていってくれた友達だった。

会う度色々なアイドルの話をし、時には彼の選んだライブに一緒に行き、、そして月に一度程度は朝までとことん飲む、そういった生活はとても楽しかった。

「いや、やめないよ。」

「そうか。」

彼は満足した様子も、安堵した様子も、もちろん怒る様子も特に無く、グラスを口に運んだ。

質問の真意は未だに分かっていないのだけれど、この時にようやく、僕はアイドルオタクになった気がする。

 

最初はただの好奇心だった。

自分の知らない世界を知ってみたい、そう思って僕はディアステージのあの重い扉を開けたし、フロアを少しずつ上に昇り、またライブの景色が変わることを期待してオタ芸などを覚えた。

それが一年経って、推しメンの卒業を体験した時に、自分の知っている世界がまだまだ狭いという事を学んだ。

だってほら、推しメンが卒業した僕は明日、どこの現場に行けばいいのか、今後何を見てみたいのか、全然分からない。

アイドルを自分で見てみたい。

今度は自分で、自分の好きな現場を選んでみたい。

そんな気持ちが奥の方で、ふつふつとしているのを何となく感じた。

 

正直今でも全然見れてないんだけれど、卒業はとても辛く悲しかったけれど、それでも、この時に卒業を体験出来て良かったのかなって、ちょっとだけ、思うんですよね。

このステージは…

僕の人生最初の推しメンの推し色は、紫色だった。

そして、僕が初めて推した地下アイドルの推し色も、浅葱を添えた紫色だった。

紫色には不思議な縁がある。

今の推しメンの推し色も紫色だし、そう言えばあの子が初めて出してきたカクテルの色も、紫色だった。

 

 

僕がオタクを始めて、友達に「最近でんぱ組.incが気になるんだけど…」と相談をした際に、僕は初現場の日程を決めたのだけれど、同時に決まったことがあった。

それが、秋葉原ディアステージへの訪問日だった。

2016年3月11日、予定帳を見てみるとそこには一言、「ビタスイ」とだけ書いてある。

赤色のマーカーは確か、デートの日程を入れるために使っていたはずだから、別れた元カノと行く予定だったのだろう。

その前に別れてしまったので、結局僕は、彼女と一緒にビタスイに行くのではなく、友達と一緒にディアステに行ったのだ。

 

 

当日、友達と秋葉原の駅前で合流し、店を前にしてまず驚いた。

入り口の扉の向こう側に、カーテンが降りている。

中の様子は当然全くわからず、「引き返すなら今だぞ。」とでも言われているようだ。

しかし友達の手前、引き返すのも格好がつかない。

何よりもその時は、怖いという感情よりも圧倒的に、好奇心の方が勝っていた。

中に入り、薄暗い空間では既にライブが始まっていた。

促されるまま入場料の千円を支払い、僕たちは一緒にライブを見た。

 

いや、厳密には一緒にではなかった。

僕はパーテーションで区切られた観客席(と言っても当然椅子などはない)の一番後ろの方にぽつんと置かれた丸テーブルの脇に、一人棒立ちになっていた。

友達は僕よりも二列ほど、前の方にいる。

そして奇妙な踊りを始めた。

見渡すと、その場の全員が同じように踊っている。

奇妙にくねくねと腕を動かしながら、時折奇声を発する集団に、とてつもない熱量を感じた。

そうか、これがオタ芸というものか。

僕は区画の一番後ろから、オタクと、その前で歌う演者を眺めていた。

15分ほどだろうか、ライブが終わった。

 

「はらくん」

僕はぼーっとしながらも、友達と合流した。

「どうする?二階もあるけど、行く?」

心なしか、普段は自信満々な友達が、珍しくこちらの様子を伺っているように見えた。

「もちろん、行く。」

呆然としつつ、ここでも当然のように好奇心の圧勝である。

進む以外の選択肢が、僕の中には用意されていなかった。

 

二階に入ると、そこにはカフェのような空間が広がっていた。

昔一度だけ、池袋のメイド喫茶に行ってみたことがあったので、フロアにある謎のカウンター席にも、抵抗はなかった。

僕たちは一緒に、フロアの真ん中にあるテーブル席に座った。

「伝票一緒で。」と、友達が言った。

 

案内を受け終わった僕たちに、一番最初に話しかけてくれたキャストを、僕は一生忘れることはないだろう。

それが、櫻井珠希さんだった。

何を話したのか、内容は全く覚えていない。

しかし、初めて「秋葉原」に踏み入った僕は、彼女と接した時に「ああ僕はここにいてもいいんだな」と感じたのを覚えている。

そして1時間が過ぎ、会計を終え、友達は僕にこう言った。

「三階もあるんだけど…。」

「行こう。」

この時の僕は、非常に楽しくなっていた。

食らわば皿まで。

最後まで、楽しみつくしてやろうではないか。

 

 

一緒に三階のテーブル席に座った僕たち。

案内の時に、友達は「伝票は別で」と言った。

三階の客席は、コの字型のカウンター席と、その後ろにテーブル席がいくつかある。

どうやら、バーを模して作られているようだ。

「はらくんさ、バーテンダーなんだし、オリジナルカクテルでも頼んでみたら?」

と、友達にオススメされた。

なるほど確かに僕はその頃バーテンダーで、しかも休みの日は都内のバーを巡りながら、色んな味や匂いを探求するくらいには、そこそこお酒が好きで、その一言は上手く胸をついた。

メニューを見てみると、特定の誰かに、オリジナルカクテルを作ってもらえるメニューがあるようだ。

面白い。

 

そう言えば余談なんだけれど、この時の僕は何故か、完全なる裸眼でディアステージを訪れていて、席についたまま周囲のキャストの顔を見ることがほとんど出来なかった。

そこで、うすらぼんやりとした視界の中で、何となく気になったショートカットの女の子を指差して

「オリジナルカクテルを、あの子に作ってもらいたいです。」と注文した。

何を隠そう、僕はショートカットが好きなのである。

 

少し待って、ご指名の女の子がシェーカーと、マドラーの刺さったグラスと、炭酸水を持って現れた。

それが千影みみさんだった。

目の前で激しく、そして過剰に振られたシェーカーから、紫色の液体がグラスに注がれた。

追いかけるように炭酸水が注がれる。

そしてマドラーで…いやどんだけ混ぜるんだ、せっかくの炭酸が抜けきってしまう。

笑顔で立っている女の子を目の前に、僕はそのカクテルを飲んだ。

鼻からスミレの香りが抜ける、甘い紫色のカクテル。

思わず口をついて出た。

「ヴァイオレットフィズだ。」

「何それ?」

女の子が聞いてくる。

「このカクテルの名前だよ。これさ、花言葉みたいに、カクテル言葉があるんだけど知ってる?」

「何?」

「『わたしを覚えていて』って言うんだよ。」

それを聞いた彼女は、ニコっと笑顔で、「そうなんだ、大人っぽく今度から使ってみたら、ファン増えるかな?」などとふざけていた気がする。

 

「僕が、何で伝票を別にしたかわかる?」

彼女がテーブルから去った後、友達に聞かれた。

「いやわからん。何で?」

「ポイントカードがあってさ。作るでしょ?」

あーなるほど。

「もちろん。」

こうして僕はこの日、千影みみさんが名前を書いてくれたポイントカードを手に入れたのであった。

 

 

それからの一年間は楽しかった。

色々なことがあった。

僕はその後、この店に足繁く通うことになったし、彼女が所属する「ディア☆」や、

「転生みみゆうか」のライブにもたくさん行った。

彼女や、グループを通じて友達もたくさん出来た。

あの頃の僕は、一言で表すとすれば、非常に殺気立っていた。

特定の誰かに対してと言う意味ではない、とにかく初めて体験する秋葉原、アイドル、推しメン、ライブ、全てについて行くのが必死だった。

その頃の僕を初めて見たオタクから、「絶対に関わりたくないと思った。」と言われるくらいには。

 

感情をそのまま歌に乗せて、ぶつけてくるようなライブをする子だった。

歌も上手いし、何よりも歌っている時の表情が好きだった。

初めて体験するオタクの熱量の、その内側に入りたい、もっと前で見たい、と結構頑張ってオタ芸やMIXを覚えた。

曲中に誤爆をする度に、彼女のライブに、周りのオタクに負けた気がして、死にそうになった。

今ほど「楽しむ」を第一に持ってくるような余裕は、僕にはなかった。

 

毎回毎回、良い思い出ばかりではなかった。

コンカフェに通っているくせに、接触に当時あまり興味がなかったし、何よりも彼女と話したいことが特に見つからなかった。

失礼な話ではあるが、僕は彼女の容姿について、特別可愛いと思うことも無かった。

 

日に日に人数の減っていくオタクたち。

秋葉原初心者の僕が彼女を推し続けるのは、少し大変だった。

「何で僕はこの子を推しているんだろうか。」と疑問に思うことも少なくなかった。

 

それでも、彼女のライブを見ると、そういったモヤモヤは少しずつ晴れていく。

僕は千影みみさんのライブが本当に好きだった。

 

 

既に長文になってしまったけれど、もう少しだけ

つづく。

台風

「何でキスしてくれないの?」

ある日僕は、路地裏で追い詰められていた。

目の前には怒ったフランス人の女の子がいる。

どうしようかと困惑していた。

とにかく僕は、キスをしたくなかったのである。

 

 

もちろんのこと、これは恋愛小説ではない。

欧米人には、会った時や別れ際にキスをする文化がある(ようだ)。

仕事の合間、職場の近かった僕らは、路地裏で一緒にタバコを吸うことが日課になっていた。

毎回、とりとめのない話をする。

本を書きたいのだとか、上司がわがままだとか、日本の文化は陰湿だとか、彼氏と喧嘩をしたとか、僕は主に聞き手に回っていたのだけれど、そんなことばかり話して、10分もしない内に「またね」と解散する。

その日もそんな風に、普通に別れるものだと思っていた。

ところが、違った。

 

「そう言えば、別れ際のキスを忘れてたわね。」と突然彼女が言い出した。

また冗談を…と思った僕は、「まあ、しなくていんじゃない。」と軽く返した。

その瞬間、彼女は激怒した。

「私と原はこんなにも仲が良いのに、キスをしないなんておかしい。」と主張し始めた。

「あ、いや、でもそれは…それだけは……。」

タジタジである。

 

 

 

僕にはどうしても克服できない、苦手なものが二つある。

女性と、怒っている人だ。

女性と会うときはいつも過度に緊張する。

緊張しすぎて前職で、受付嬢のお姉さんにランチに誘われた際に、「いや僕、昼ごはん食べない人なので…」と意味不明な断り方をしたことがあるくらいだ。

怒っている人を見ると、非常に不安定な気持ちになる。

怒りを向けられるのがそもそも苦手だし、怒っている人は大抵、言っていることが支離滅裂でどうすればいいのかわからない。

 

昔、一緒に働いていた男がこんなことを言っていた。

「怒っている女性は、台風みたいなもんだから。」

つまり、過ぎ去るのを待つしかない、と。

しかしこの時ばかりはそうも言ってられない。

 

何せ彼女は、僕の左腕を鷲掴みにし、目の奥が怒りで燃えていた。

「私の住んでいたフランスではこんなこと当たり前のことなのよ?」

知るか、ここは日本だ。

僕はとにかくキスをするのが嫌で嫌で、勘弁してくれとこのまま土下座してしまいそうな勢いだった。

 

押し問答を繰り返していると、彼女が突然僕の左腕を離した。

「仲良しなのに…。」

非常に悲しそうな顔をしている。

そう言えば、僕にはもう一つ苦手なものがある。

それは、悲しそうな顔をした人間だ。

見てしまうと、男女問わずその人のために何でもしたくなる。

 

「…………わかったよ。」

僕は観念して、彼女と真っ直ぐ向き合った。

一瞬躊躇し、何だかやり方もよくわからないまま、映画で見たのと同じように、僕は彼女の両頬に挨拶のキスをした。

これで合っているのか…と不安になったが、彼女は満足気に「バイバイ」と去っていった。

 

何だか日本人たる僕が、欧米文化に屈服したようで妙に悔しかった。

そして、非常に、ものすごく、どっと、疲れが込み上げてきて、僕はトボトボと仕事場に戻った。