趣味

たまには昔の彼女の話でもしてみようかと思う。

 

当時僕には、周りに隠して付き合っている彼女がいた。

多分、当時それを知っている人は、5人もいなかったはずだ。

 

可愛い子だった。

ちっちゃくて、ふわふわな見た目をしていた。

「楽しい」を見つけるのがとても得意な子で、何でもないただのデートにわざわざしおりを作ってきたり、ご飯を作るだけで作業の分担を(たった二人しかいないのに)割り振るのが好きな子だった。

ちなみにご飯を作るのはほとんど僕だった。

そのおかげか、付き合ってから彼女は少し肥えた。

 

寝起きに半目でぼーっとしている姿も、寝ている間に僕の左腕を絡めとって、うつらうつらしながら逆関節をキメてくるところも、突然駅で「言いたいことがあるの!準備するからちょっと待ってね!」と言いながら何だかよく分からないままキャーっと駅のホームに逃げて行ってしまうところも、全てが愛おしくて仕方なかった。

あと、寝るとヨダレをよく垂らしていた。

 

 

別れた時は、世界が終わったような感じがした。

いつも通り夕飯を作っていたら、「あのね、私決めたことがあるの」と切り出された。

手に握った包丁が、視界の中で歪んだ。

突然自分の身体が、自分のものではなくなってしまったようだった。

その場に座り込んだ僕に、彼女の心配そうな「大丈夫?」と言う言葉がどこか遠くに聞こえた、ような気がする。

 

あれから2年、久しぶりに話した共通の知人から

「そう言えば〇〇ちゃん、××くんと付き合いましたね。」

と切り出された時は、もう忘れていたと思ったのに、胸に何かがぶっ刺さったのを覚えている。

 

なんだ、「仕事のために」と別れたはずなのに、職場の後輩と付き合うんだな、ともう感想はどれも、怒りにも悲しみにも変わらなかった。

ただ、身体の中から大切な何かがこぼれ落ちていった。

 

 

そんな彼女は、所々確信的な一言を放つ子だった。

あれは、僕らが付き合って、秋ももう終わりを迎えようとしていた頃だ。

 

僕らは二人、シフトの前に控え室でいつも通り他愛もない話をしていた。

そこに現れた、一人の後輩がいた。

その子は二年後、その店の店長になる子だった。

 

当時彼はアイドルオタクで、アイドル関係の雑誌を持って現れた。

僕らに簡単な挨拶をして、彼は退屈そうにその雑誌を広げて読み始めた。

少しも待たずに、彼女は質問を投げかけた。

 

「それ、面白いの?」

「色々大切なことが載ってるんですよ。」

「面白くはないんだ。」

「ええまあ…そうですね。」

「じゃあなんで読んでるの?」

「オタクと話す上で、誰がいつどういう発言をした、と言う話は重要なんですよ。」

「△△くんは、オタクと話すためにその雑誌を読んでるんだ、変なの。」

 

なるほど、とその時僕は、彼女に100%同意をした。

当時僕らにとって趣味とは、「見たいものを見る」「聴きたいものを聴く」「行きたいところに行く」と、ただそれだけだった。

 

 

あれから別れてすぐ僕はアイドルオタクになった。

今年で三年目を迎えようとしている。

推しメンはこの二年間の間に四人、卒業を迎えた。

今は行く場所を探して、インターネットの海をさ迷っている。

 

現場に行く時の決め手は、「行きたいと思うかどうか」、それだけだ。

彼女に「変なの」と言われたくないのだろうか。

僕はまだ、彼女を忘れられていないのだろうか。

 

久しぶりに連絡でもしてみて、この気持ちを改めて確かめてみるのも、いいのかもしれない。

理由

「はらくんて、女の子みたいな話し方をするよね」

と、昔働いていたカフェの店長に、深夜の野方ホープで言われたことがある。

ラーメンを啜るそいつは、身長は175cmくらいあるのに体重が40kgくらいしか無くて、中性的な顔立ちをしていた。

恐ろしく頭の良いやつだった。

 

「ああそれわかります。」

と答えたのは、毎晩のようにカフェに泊まって、誰よりも仕事をしていた後輩の女の子だった。

身長が160cmくらいで、こいつも体重が40kgくらいしかなかった。

 

僕らはその頃、(思い過ごしでなければ)きれいな三角形をしていた、と思う。

 

「『ふーん』てなって『そうなんだー』で終わっちゃうような話ばかりなんだよ。」

「共感の生き物ですね。」

責めるわけでもなく、事実だけを述べているような二人だった。

自覚はしていたし、特に気にするでもなくその日も僕らはカフェに帰って仕事をするか、お酒を飲んでいたと思う。

 

何というか、「ふーん」で終わってしまうような話をすることが、僕は割と好きだ。

と言うか一々オチをつけて一人で話すよりも、話題を投げっぱなしにして、それについてやいのやいの皆で突っつくのが好きだ。

突っつき方なんて何でもいい。

関係する話をしてくれて構わないし、それ自体にコメントしてくれても構わないし、何なら突拍子もないコントを始めてくれても全く構わない。

だらだらと続く時間が、心地よいと思う。

真面目な話をする時は、僕は人よりも何かを理解することに少し時間がかかるようなので、受け取って、咀嚼して、考えて、話すを少しゆっくりと繰り返していくのが好きだ。

常に相互的なコミュニケーションを求めているんだと思う。

 

それはSNSにしてもそう。

僕らが始めたばかりの頃、Twitterはもっと無法地帯で、とにかく便所の落書きのようなものを寄せ集めたようなタイムラインだったと思う。

そんな場所でも、無意識に、誰かからのリアクションを期待するようなツイートを、ついついしてしまっている。

 

そこで今回この、「ブログを書く」ということを始めるに当たって僕は思った。

「一方的なコミュニケーションの練習をしよう。」

つまり、何かを論理立てて発表する、オチをつけて話す、と言った、ある意味きちんと自己完結した文章を書く、ということだった。

それがこのブログを書く理由だ。

 

何年か後にこのブログを読んで、「"あの頃の僕は"本当に文章が下手だなあ」と笑えるようになっているといいな。

突然だが、僕のFacebookの言語は「関西弁」に設定されている。

 

「いいね」は「ええやん」になっているし、「コメントする」は「ツッコミ」、「シェア」は「わけわけ」だ。

通知ももちろん関西弁なので、「○○さんが✕✕をわけわけしたで!」という具合に来るわけだ。

東京生まれ福島育ち、関西圏には縁もゆかりも無い僕だが、案外これが気に入っている。

 

親しみやすい通知に、興味のないジャンルの話でもついつい開いてしまう。

ただ、一度だけこの通知にゾッとしたことがあった。

 

 

あれは学生経営のカフェで働いていた頃、同期の男の子と二人っきりで飲みに行った時のことだった。

仕事に追われていた僕らはたまの息抜きにと、珍しく他のスタッフ抜きで飲みに行くことに決めた。

同期の男は他に二人いたが、その二人ともが酷い下戸で二杯も飲めば赤くなって寝てしまうほどだったために、せっかくなら(比較的)飲める二人で気兼ねなく飲んで語り合おうじゃないか、という事になった。

 

当時僕には行きつけのバーが何件かあって、その内の一軒に行くことになった。

同期の子も何度か行ったことのある場所で、と言うかこの店に僕は翌年入店し、更には潰すことになるのだが、それはまた今度ゆっくり話すことにする。

 

とにかく行きつけの場所だと、常連には知り合いが多かった。

単価も安く、お客さんの内7割は学生だったために、仲良くなるのはそう難しいことではなかったのだ。

 

その日もよく会う女の子がカウンターにいて、僕らはその横に並んで座ることにした。

一杯目を頼んで待っている間、女の子と挨拶と簡単な世間話をしている内に、何だか様子がおかしいことに気付いた。

どうやら最近いい感じだった想い人と上手くいっていないとのことだった。

彼女は酷く落ち込んでいて、時たまカウンターに顔を伏せてどうすればいいの、とうーうー唸っていた。

 

一杯目の乾杯も雑に済ませ、一緒にその話を聞いていた同期は僕にこう言った。

「はらさん、これはね、もう俺らが盛り上げるしかないですよ。飲みましょう。」

いや本人を前に盛り上げようと意気込みを語るのが間違っているし、そもそも盛り上げるしかないと言うのがよく分からないし、僕らが飲んだところで果たしてそれは盛り上がるのか、と様々な思いが駆け巡った結果僕は一言こう言った。

「…お金今日あんま無いから、俺は遠慮しとくよ。」

「俺が出しますよ、飲みましょう。」

間髪入れずに逃げ道を塞がれてしまった。

さすが漢・竹内。

「恋愛とは、叶わないからこそ永遠なのだ。」と入店初日に熱く語って周囲を置いてきぼりにしただけのことはある。

潔さと自らを追い込むことに関して、彼の右に出るものはいない。

 

あたふたしている僕を他所に、彼はいつの間にか店員にロンリコのショットを二杯頼んでいた。

知っている人は知っているだろうが、このロンリコと言うお酒はとてもいいゴールドラムだ。

鼻から身体全体に心地よい甘さが吹き抜ける代わりに、度数が75.5度もある。

(参考までに、普段カクテルに入っているラム酒や、皆が大好きなテキーラは基本的に度数は40度しかない。)

誤解しないでほしい、度数がちょっとだけ高いだけで良いお酒なのだ。

何てモノを頼むんだこいつは。

 

二人でそのままロンリコによる乾杯(文字通り、「杯」を「乾かす」行為)を四度ほど済ませたところで、何だか心地よくなってきてしまった。

漢・竹内は先程から頻繁にトイレと座席を行ったり来たりしている。

僕はと言うと、悲しげな知り合いの女の子の悩みをひたすらに聞いていた。

一通り聞いたあとで、僕は彼女にこう言った。

 

「そんなしょうもない男なんかやめて、俺にしなよ。」

 

かっこいい。月9だったら彼女をこのまま抱きしめてエンドロールが流れるところだ。

抱かれたい男ランキング、という物が仮にあったとすればそこそこ戦えるのではないかと思う。

我こそはという方は、TwitterへのDMをお待ちしております。

 

しかし実際のところは深夜一時の高田馬場、横にはしゃっくりの止まらない同期を抱えながらの一言だったためにそこまでの展開は望めなかった。

ただ、「責任取ってくれるの?」と涙を拭いながら笑顔になった彼女を見て、僕は満足した。

そして調子に乗ってこうも続けた。

「もちろん、結婚しよう。」

後になってみればこれが良くなかったのだと思う。

 

その後更にロンリコを二杯ほど追加した僕と竹内の戦いは、女の子の笑顔と、泥酔した竹内を閉店した自分の店に送り届けなければならないと言うミッションを獲得し、終了した。

完全勝利と言っても差し支えないだろう。

煽ってきた同期は潰れ、女の子は笑顔になった。

なんて平和なんだ。

トイレの便器に向かい合ったまま動けなくなった竹内をよそに、僕は野方ホープへと向かった。

そしてラーメン大盛りコテコテを完食し、悠々と店に戻っていった。

これも良くなかったのだと思う、本当に。

店に戻った僕は、ようやく寝静まった彼を見て勝利を確信した。

 

「あいつは雑魚だ!!!俺が最強だ!!」と店のスタッフルームでソファに腰掛け、高笑いをしていた。

今更だが、今回の話には一切脚色を加えていない。

本当にソファに深く腰掛けて「はーはっはっは」と高笑いをしていた。

そしてその次の瞬間、僕は嘔吐した。

 

 

一気に情けなさが込み上げてきた。

竹内は一通り戦いを終え安眠についているというのに、今更になって僕は便器と向かい合い始めた。

店に残って残業をしていたスタッフが心配してトイレまで入ってきて、僕の介抱が始まった。

 

あまりお酒が飲めない割に調子に乗って強いお酒を飲み続け、あまつさえラーメンによって胃袋を圧迫し、何ならそれでも彼女が出来たわけでもなく、こうしてスタッフに迷惑を掛けていることに情けなさすぎて涙が出た。

あとなんだかよく分からないのだけれど、喉が切れてしまったらしく血が結構出て便器が赤く染まった。

それを見た後輩の女子が悲鳴をあげたのを覚えている。

 

この日の僕の記憶は号泣までで、気が付くと日は高く昇り、僕はスタッフルームの床に転がっていた。

今何時なんだろう。

二日酔い特有の気だるさを抱えながら、携帯を見た僕はそのまま固まった。

 

携帯の画面は、100件を優に超える「ええやん!」の通知と、大量のLINEの通知によって埋め尽くされていた。

 

LINEの通知には、「おめでとう!」というものがほとんどで、時たま「嘘でしょ!?何があったの!?」と言う文章が残されていた。

恐る恐る、僕はFacebookを開いた。

 

 

「はら ともひろさんが結婚しました!」

 

 

そこには、僕の交際ステータス変更のお知らせが載っていた。

おぼろげな記憶を辿ってみれば、泣いていた女の子が嬉しそうに

「ほんとに!?ちょっと携帯貸して!」

と僕の携帯電話をいじっていた…ような記憶があるような無いような気がする。

意を決して「ええやん!」の欄を開いてみれば、そこには高校時代から、大学、アルバイト先の友人、またお世話になった先生方の名前まであった。

その中には当然のように、先日亡くなった恩師の名前もあった。

 

一瞬にして二日酔いはどこかに行き、慌ててステータスを元に戻し、謝罪文を打ち込んで携帯電話の電源を切った。

 

そしてもう深酒はしないと心に誓った。

 

 

先日のお通夜の後の飲み会で、クラスメイトが「実はお見舞いに行った時に、」という話をしていて咄嗟にこの話を思い出した。

今思えば、僕と先生の最期のコミュニケーションは、この誤爆によって締めくくられていた。

 

なんて親不孝な、情けない生徒なんだろう。

いつか本当に、嬉しい報告が出来たらいいなと思う。

その節は、お騒がせし本当に申し訳ありませんでした。

昨夜スーツ屋から引き取り、「掛けておく時間の方が長いと思うので」と言う店員さんに半ば押し負ける形で購入したハンガーにわざわざ掛け直した礼服に袖を通した僕はふと気付いた。

一緒に買った黒の靴下が無い。

 

珍しく仕事の前に、財布も携帯もイヤフォンの充電も、定期も社員証も確認したというのに何でこういう所で詰めが甘いのか。

家を出る時間は迫っている。

部屋をうろつく僕は、母親から見越したように購入した物とは違う黒の靴下を渡される。

父親から借りた数珠と、丸めた黒のネクタイと一緒にカバンの中に押し込んで、これまた購入したての黒の革靴を履いて家を出た。

矢先傘を取りにまた玄関のドアを開けた。

 

どこまでも付きまとう詰めの甘さだけでなく、仕事に向かう電車の時間が迫っていた。

 

 

人生において4回目の、そして家族と一緒に行かない初めてのお葬式に本日参列してきた。

 

 

死というものを考える機会は多々あれど、それを実際に感じる機会は意外と、もしくは幸運にも少ないと思う。

 

初めてのお葬式は小学校4年生の時だった。

当時視力が衰え始めていた僕は「そろそろメガネを作ろうね」と親から言われていた。

その日の僕は今と変わらず察しの悪い子供で、帰り際に先生に伝えられた「寄り道をせず早く家に帰るように」と言う親からの伝言に、「メガネのことかな」とウキウキしながら家に帰った。

「目が悪くなってきちゃって看板も読めないんだよ」と一緒に帰る友達に得意気に話していたことを今でも覚えている。

 

家に着いた時の物々しい雰囲気をこの先もきっと忘れない。

部屋のど真ん中に吊るされた洗濯物越しに告げられた訃報に、どういう顔をすれば良いのか分からなかった。

「人はいつか死ぬ」と言う基本的な事をすっかり忘れてしまっていた僕は、「入退院を繰り返していた祖父が亡くなった」と言う事実を受け止めきれなかったのである。

そんな僕の顔を見た父親から、「不満ならお前は行かなくていい」と告げられ、「そういう事ではない」という事すら言えず黙って車に乗る支度をした。

 

 

祖父母の家に着いた僕は、初めて何が起きたのかをを実感することになる。

仏壇の前に横たわる祖父の遺体。

部屋に入り挨拶をする僕ら家族を見ることもなく、祖母は「せっかく皆会いに来てくれたんだから目を開けてよ」と祖父に泣きついていた。

幾度となく見たような顔で、眠ったように横になっている彼はもう起きないんだという事と、それがもう取り返しのつかないことなのだと初めて分かった。

 

そこからは、訪れる親族や、名前も知らない、古くからの彼の友人たちに幾度となく振る舞われる寿司で腹を膨らましていたことしか覚えていない。

毎日繰り返される同様の振る舞いは、確実に食欲を削っていった。

 

 

 

亡くなったのは、高校時代の恩師だった。

男ばかりが50人詰め込まれたクラスの担任は、さぞ大変だったと思う。

いつも全く関係のない、聞き入ってしまうような話から始まる授業をする先生だった。

気が付くと授業が始まっている。

優しく賢く強い、マラソンと娘のことが大好きな先生だった。

 

 

斎場に着いた僕は、何だこれはと目を見張った。

目の前に、お焼香のための長蛇の列が駐車場まで出来上がっていたのである。

初めて僕は、彼の大きさを実感した。

「皆で集まって行こう」と久々に動いた高校時代のクラスのLINEグループには、「集まれる場所が無いので各自で」と連絡が来ていた。

 

 

受付の際に配られた故人からの手紙に、「もし私を植物にたとえたら何になりますか。」と言う文章があった。

その後久しぶりに集まった同級生との飲み会中に、「植物なんて、そんなに種類を知らないね」と道で見かける度に思い出せるように、また強かさを併せ持つ雑草たちが挙げられていく中で、僕は彼を一本の太い木だと思った。

地中に深く広く根を張り、しっかりとした幹から幾重も伸びる枝に、様々な色や形の実をつけるとてもとても大きな木。

 

そこになっている実は、今日並んでいた人々だ。

 

 

死や時間といった概念的なものは、それ自体を感じるのではなくそれによって起こるものによって何となく感じていく物だと思う。

 

参列者の中には、高校時代にお世話になった先生方もたくさんいた。

その誰もが、当時は見なかった皺を少しずつ刻み、頭を程度は違えど白く染めていた。

そういう視覚的な事柄や、今となってはきっと自分のことを覚えていないだろうという予想が、過ごしてきた時間を感じさせた。

 

 

今、恩師という大木を失った僕らは、地中にその実を埋め、限られた時間の中でまた新たな木を育てなければならないのだと思う。

そこになる実がどんなものなのか、今はまだ分からないし、きっとこの先も、死の淵に立つギリギリまで分からないんだろう。

ただ、何かに向けてひたすらに、その幹を伸ばすのみだと思う。

 

 

今この文章を、帰り道で故人からの手紙に載っていた「BGMにしてほしい曲」である「The Last Walz Theme」を聴きながら一発書きしている。

誤字以外でほとんど修正することなく。

今の気持ちをそのままに書くことが本当だと思うのと、修正しようと思うと言いたいことが多すぎてキリが無いからだ。

現代文の担当だった彼が見たら、頭を抱えてしまうであろうこの文章を世に放つのは本当に忍びない。

 

とか言っていたら家に着いた途端清めの塩を振るのを忘れてしまっていた。

本当に最後まで詰めが甘い。

暫くは来ないといいなと思う次の機会までには、もう少しこの甘さが抜けていたらいいなと思う。