昨夜スーツ屋から引き取り、「掛けておく時間の方が長いと思うので」と言う店員さんに半ば押し負ける形で購入したハンガーにわざわざ掛け直した礼服に袖を通した僕はふと気付いた。

一緒に買った黒の靴下が無い。

 

珍しく仕事の前に、財布も携帯もイヤフォンの充電も、定期も社員証も確認したというのに何でこういう所で詰めが甘いのか。

家を出る時間は迫っている。

部屋をうろつく僕は、母親から見越したように購入した物とは違う黒の靴下を渡される。

父親から借りた数珠と、丸めた黒のネクタイと一緒にカバンの中に押し込んで、これまた購入したての黒の革靴を履いて家を出た。

矢先傘を取りにまた玄関のドアを開けた。

 

どこまでも付きまとう詰めの甘さだけでなく、仕事に向かう電車の時間が迫っていた。

 

 

人生において4回目の、そして家族と一緒に行かない初めてのお葬式に本日参列してきた。

 

 

死というものを考える機会は多々あれど、それを実際に感じる機会は意外と、もしくは幸運にも少ないと思う。

 

初めてのお葬式は小学校4年生の時だった。

当時視力が衰え始めていた僕は「そろそろメガネを作ろうね」と親から言われていた。

その日の僕は今と変わらず察しの悪い子供で、帰り際に先生に伝えられた「寄り道をせず早く家に帰るように」と言う親からの伝言に、「メガネのことかな」とウキウキしながら家に帰った。

「目が悪くなってきちゃって看板も読めないんだよ」と一緒に帰る友達に得意気に話していたことを今でも覚えている。

 

家に着いた時の物々しい雰囲気をこの先もきっと忘れない。

部屋のど真ん中に吊るされた洗濯物越しに告げられた訃報に、どういう顔をすれば良いのか分からなかった。

「人はいつか死ぬ」と言う基本的な事をすっかり忘れてしまっていた僕は、「入退院を繰り返していた祖父が亡くなった」と言う事実を受け止めきれなかったのである。

そんな僕の顔を見た父親から、「不満ならお前は行かなくていい」と告げられ、「そういう事ではない」という事すら言えず黙って車に乗る支度をした。

 

 

祖父母の家に着いた僕は、初めて何が起きたのかをを実感することになる。

仏壇の前に横たわる祖父の遺体。

部屋に入り挨拶をする僕ら家族を見ることもなく、祖母は「せっかく皆会いに来てくれたんだから目を開けてよ」と祖父に泣きついていた。

幾度となく見たような顔で、眠ったように横になっている彼はもう起きないんだという事と、それがもう取り返しのつかないことなのだと初めて分かった。

 

そこからは、訪れる親族や、名前も知らない、古くからの彼の友人たちに幾度となく振る舞われる寿司で腹を膨らましていたことしか覚えていない。

毎日繰り返される同様の振る舞いは、確実に食欲を削っていった。

 

 

 

亡くなったのは、高校時代の恩師だった。

男ばかりが50人詰め込まれたクラスの担任は、さぞ大変だったと思う。

いつも全く関係のない、聞き入ってしまうような話から始まる授業をする先生だった。

気が付くと授業が始まっている。

優しく賢く強い、マラソンと娘のことが大好きな先生だった。

 

 

斎場に着いた僕は、何だこれはと目を見張った。

目の前に、お焼香のための長蛇の列が駐車場まで出来上がっていたのである。

初めて僕は、彼の大きさを実感した。

「皆で集まって行こう」と久々に動いた高校時代のクラスのLINEグループには、「集まれる場所が無いので各自で」と連絡が来ていた。

 

 

受付の際に配られた故人からの手紙に、「もし私を植物にたとえたら何になりますか。」と言う文章があった。

その後久しぶりに集まった同級生との飲み会中に、「植物なんて、そんなに種類を知らないね」と道で見かける度に思い出せるように、また強かさを併せ持つ雑草たちが挙げられていく中で、僕は彼を一本の太い木だと思った。

地中に深く広く根を張り、しっかりとした幹から幾重も伸びる枝に、様々な色や形の実をつけるとてもとても大きな木。

 

そこになっている実は、今日並んでいた人々だ。

 

 

死や時間といった概念的なものは、それ自体を感じるのではなくそれによって起こるものによって何となく感じていく物だと思う。

 

参列者の中には、高校時代にお世話になった先生方もたくさんいた。

その誰もが、当時は見なかった皺を少しずつ刻み、頭を程度は違えど白く染めていた。

そういう視覚的な事柄や、今となってはきっと自分のことを覚えていないだろうという予想が、過ごしてきた時間を感じさせた。

 

 

今、恩師という大木を失った僕らは、地中にその実を埋め、限られた時間の中でまた新たな木を育てなければならないのだと思う。

そこになる実がどんなものなのか、今はまだ分からないし、きっとこの先も、死の淵に立つギリギリまで分からないんだろう。

ただ、何かに向けてひたすらに、その幹を伸ばすのみだと思う。

 

 

今この文章を、帰り道で故人からの手紙に載っていた「BGMにしてほしい曲」である「The Last Walz Theme」を聴きながら一発書きしている。

誤字以外でほとんど修正することなく。

今の気持ちをそのままに書くことが本当だと思うのと、修正しようと思うと言いたいことが多すぎてキリが無いからだ。

現代文の担当だった彼が見たら、頭を抱えてしまうであろうこの文章を世に放つのは本当に忍びない。

 

とか言っていたら家に着いた途端清めの塩を振るのを忘れてしまっていた。

本当に最後まで詰めが甘い。

暫くは来ないといいなと思う次の機会までには、もう少しこの甘さが抜けていたらいいなと思う。