突然だが、僕のFacebookの言語は「関西弁」に設定されている。

 

「いいね」は「ええやん」になっているし、「コメントする」は「ツッコミ」、「シェア」は「わけわけ」だ。

通知ももちろん関西弁なので、「○○さんが✕✕をわけわけしたで!」という具合に来るわけだ。

東京生まれ福島育ち、関西圏には縁もゆかりも無い僕だが、案外これが気に入っている。

 

親しみやすい通知に、興味のないジャンルの話でもついつい開いてしまう。

ただ、一度だけこの通知にゾッとしたことがあった。

 

 

あれは学生経営のカフェで働いていた頃、同期の男の子と二人っきりで飲みに行った時のことだった。

仕事に追われていた僕らはたまの息抜きにと、珍しく他のスタッフ抜きで飲みに行くことに決めた。

同期の男は他に二人いたが、その二人ともが酷い下戸で二杯も飲めば赤くなって寝てしまうほどだったために、せっかくなら(比較的)飲める二人で気兼ねなく飲んで語り合おうじゃないか、という事になった。

 

当時僕には行きつけのバーが何件かあって、その内の一軒に行くことになった。

同期の子も何度か行ったことのある場所で、と言うかこの店に僕は翌年入店し、更には潰すことになるのだが、それはまた今度ゆっくり話すことにする。

 

とにかく行きつけの場所だと、常連には知り合いが多かった。

単価も安く、お客さんの内7割は学生だったために、仲良くなるのはそう難しいことではなかったのだ。

 

その日もよく会う女の子がカウンターにいて、僕らはその横に並んで座ることにした。

一杯目を頼んで待っている間、女の子と挨拶と簡単な世間話をしている内に、何だか様子がおかしいことに気付いた。

どうやら最近いい感じだった想い人と上手くいっていないとのことだった。

彼女は酷く落ち込んでいて、時たまカウンターに顔を伏せてどうすればいいの、とうーうー唸っていた。

 

一杯目の乾杯も雑に済ませ、一緒にその話を聞いていた同期は僕にこう言った。

「はらさん、これはね、もう俺らが盛り上げるしかないですよ。飲みましょう。」

いや本人を前に盛り上げようと意気込みを語るのが間違っているし、そもそも盛り上げるしかないと言うのがよく分からないし、僕らが飲んだところで果たしてそれは盛り上がるのか、と様々な思いが駆け巡った結果僕は一言こう言った。

「…お金今日あんま無いから、俺は遠慮しとくよ。」

「俺が出しますよ、飲みましょう。」

間髪入れずに逃げ道を塞がれてしまった。

さすが漢・竹内。

「恋愛とは、叶わないからこそ永遠なのだ。」と入店初日に熱く語って周囲を置いてきぼりにしただけのことはある。

潔さと自らを追い込むことに関して、彼の右に出るものはいない。

 

あたふたしている僕を他所に、彼はいつの間にか店員にロンリコのショットを二杯頼んでいた。

知っている人は知っているだろうが、このロンリコと言うお酒はとてもいいゴールドラムだ。

鼻から身体全体に心地よい甘さが吹き抜ける代わりに、度数が75.5度もある。

(参考までに、普段カクテルに入っているラム酒や、皆が大好きなテキーラは基本的に度数は40度しかない。)

誤解しないでほしい、度数がちょっとだけ高いだけで良いお酒なのだ。

何てモノを頼むんだこいつは。

 

二人でそのままロンリコによる乾杯(文字通り、「杯」を「乾かす」行為)を四度ほど済ませたところで、何だか心地よくなってきてしまった。

漢・竹内は先程から頻繁にトイレと座席を行ったり来たりしている。

僕はと言うと、悲しげな知り合いの女の子の悩みをひたすらに聞いていた。

一通り聞いたあとで、僕は彼女にこう言った。

 

「そんなしょうもない男なんかやめて、俺にしなよ。」

 

かっこいい。月9だったら彼女をこのまま抱きしめてエンドロールが流れるところだ。

抱かれたい男ランキング、という物が仮にあったとすればそこそこ戦えるのではないかと思う。

我こそはという方は、TwitterへのDMをお待ちしております。

 

しかし実際のところは深夜一時の高田馬場、横にはしゃっくりの止まらない同期を抱えながらの一言だったためにそこまでの展開は望めなかった。

ただ、「責任取ってくれるの?」と涙を拭いながら笑顔になった彼女を見て、僕は満足した。

そして調子に乗ってこうも続けた。

「もちろん、結婚しよう。」

後になってみればこれが良くなかったのだと思う。

 

その後更にロンリコを二杯ほど追加した僕と竹内の戦いは、女の子の笑顔と、泥酔した竹内を閉店した自分の店に送り届けなければならないと言うミッションを獲得し、終了した。

完全勝利と言っても差し支えないだろう。

煽ってきた同期は潰れ、女の子は笑顔になった。

なんて平和なんだ。

トイレの便器に向かい合ったまま動けなくなった竹内をよそに、僕は野方ホープへと向かった。

そしてラーメン大盛りコテコテを完食し、悠々と店に戻っていった。

これも良くなかったのだと思う、本当に。

店に戻った僕は、ようやく寝静まった彼を見て勝利を確信した。

 

「あいつは雑魚だ!!!俺が最強だ!!」と店のスタッフルームでソファに腰掛け、高笑いをしていた。

今更だが、今回の話には一切脚色を加えていない。

本当にソファに深く腰掛けて「はーはっはっは」と高笑いをしていた。

そしてその次の瞬間、僕は嘔吐した。

 

 

一気に情けなさが込み上げてきた。

竹内は一通り戦いを終え安眠についているというのに、今更になって僕は便器と向かい合い始めた。

店に残って残業をしていたスタッフが心配してトイレまで入ってきて、僕の介抱が始まった。

 

あまりお酒が飲めない割に調子に乗って強いお酒を飲み続け、あまつさえラーメンによって胃袋を圧迫し、何ならそれでも彼女が出来たわけでもなく、こうしてスタッフに迷惑を掛けていることに情けなさすぎて涙が出た。

あとなんだかよく分からないのだけれど、喉が切れてしまったらしく血が結構出て便器が赤く染まった。

それを見た後輩の女子が悲鳴をあげたのを覚えている。

 

この日の僕の記憶は号泣までで、気が付くと日は高く昇り、僕はスタッフルームの床に転がっていた。

今何時なんだろう。

二日酔い特有の気だるさを抱えながら、携帯を見た僕はそのまま固まった。

 

携帯の画面は、100件を優に超える「ええやん!」の通知と、大量のLINEの通知によって埋め尽くされていた。

 

LINEの通知には、「おめでとう!」というものがほとんどで、時たま「嘘でしょ!?何があったの!?」と言う文章が残されていた。

恐る恐る、僕はFacebookを開いた。

 

 

「はら ともひろさんが結婚しました!」

 

 

そこには、僕の交際ステータス変更のお知らせが載っていた。

おぼろげな記憶を辿ってみれば、泣いていた女の子が嬉しそうに

「ほんとに!?ちょっと携帯貸して!」

と僕の携帯電話をいじっていた…ような記憶があるような無いような気がする。

意を決して「ええやん!」の欄を開いてみれば、そこには高校時代から、大学、アルバイト先の友人、またお世話になった先生方の名前まであった。

その中には当然のように、先日亡くなった恩師の名前もあった。

 

一瞬にして二日酔いはどこかに行き、慌ててステータスを元に戻し、謝罪文を打ち込んで携帯電話の電源を切った。

 

そしてもう深酒はしないと心に誓った。

 

 

先日のお通夜の後の飲み会で、クラスメイトが「実はお見舞いに行った時に、」という話をしていて咄嗟にこの話を思い出した。

今思えば、僕と先生の最期のコミュニケーションは、この誤爆によって締めくくられていた。

 

なんて親不孝な、情けない生徒なんだろう。

いつか本当に、嬉しい報告が出来たらいいなと思う。

その節は、お騒がせし本当に申し訳ありませんでした。