硬派
ある春先の出来事、大学生だった僕は、二日間に渡って開催される理工学部のスポーツ大会に、例年通りサークル員全員で遊びに行っていた。
一日目は参加者全員、翌日二日目の大会本番に向けて大学の施設に泊まる。
新入生が初めてお酒に触れる場としては絶好のイベントだった。
ご想像の通り、大学のサークルの飲み会なんてものは大抵目も当てられないほど酷いもので。
一年目の僕はこの洗礼によって、飲み始めると共にぶっ倒れ、真っ青な顔で電動マッサージ機宜しくブルブルと震え、あまつさえトイレの個室に鍵をかけたまま寝始めた、らしい。
全く覚えていない。お酒って怖いね。
そんなイベントなもんだから上級生達はさぞ張り切る。
滅多に役目を果たすことの無いブルーシートを部屋中に敷き詰め、その内二人か三人くらいが後輩達を別室に呼び出した上で「自己紹介」の仕方を懇切丁寧に叩き込み、その上で最上級生たちの待ち受ける会場へと連れていくのだった。
全員が会場に揃い、最上級生だった僕はその年非常にワクワクしていた。
僕だけではない、その場にいた全員が、後輩を含め高揚感を隠しきれていなかった。
今年はどんな面白いものが、という上級生達と、大学生の飲み会という未知の世界にこれから飛び込まんとする新入生。
期待感高まる中、奴らは突然部屋を訪れた。
見回り担当の学部の先生達だった。
実はこのイベントは一年前から禁酒令が敷かれていた。
一年前の見回りが「お前らやりすぎるなよー笑」くらいのものだったので完全に油断していた。
その年の先生達は厳しかった。
予想打にしないシリアスムードの教員達にこってり絞られた僕たちは、することもないので渋々ブルーシートを仕舞い、大部屋に布団を敷き、寝ることにした。
いや本当は彼らが去ってから飲み会を再開しようとしたのだけれど、二週目が用意されていてこっぴどく叱られたために寝ることにした。
何て味気ない夜なんだ。残念でならない。
そこでまたドアをノックする音がした。
え?僕に客?
そこに居たのは学部の友達だった。
「はらちゃん、ナンパしに行こうよ。」
何てことだ、楽しみにしていた飲み会を奪われた僕に、「ナンパ」と言う甘美な響き、泊りがけの大学のイベント、蜘蛛の糸を目の前にしたカンダタのように、僕はその誘いに乗ることにした。
さらばサークル員達よ、僕は一つ大人な夜を楽しんでくるよ。と言う気持ちで意気揚々と部屋を出た。(本当に申し訳ない)
出たはいいが、僕はナンパなどしたことがなかった。
遊びに来ていた友達四人はある程度経験があるそうで、2-2-1に別れて女の子に声をかけることになった。
僕は友達に着いていって、まあ適当におしゃべりでもすればいいんだろう、くらいに思っていた。
始めてすぐ女の子2人組といい感じになった。
一緒に組んだ友達の話術がそれは素晴らしいもので、あとついでに彼は顔も非常に整っていて
「あの二人良くない?はらちゃんどっちがタイプ?」
と簡単な打ち合わせだけを済ませてさっさと声をかけ、さっさと近くの空き部屋を確保し、4人でお話をすることになった。
僕は終始圧倒されていた。
話しながら、「上手くいきすぎている」と悶々としていた。
しかも女の子2人とも可愛いし。何だこれは。
気付くと、一緒にお酒を飲もうよ、というお話になっていた。
何て夜だ。
可愛い女の子が2人、諦めていたお酒まで飲めるなんて。
お酒を飲むことになって早速、友達が僕のサークル部屋から2Lパックの焼酎をかっぱらってきた。
渡してきた後輩は「これではらさん殺っちゃってください!」とノリノリだったらしい。
何かが間違っている。
飲むなら部屋を変えよう、と言うことになった。
自分のサークル部屋から持って来たものだから、と僕はそのパックをむき出しのまま片手に持ち、4人で廊下を歩いていた。
その時だった。
「おい君待ちなさい。」
我々は大胆にも、教員達の待機するロビーを横切ろうとしていた。
気付けば他3人の姿はなく、あまりの冷たい声に思わず僕は立ち止まってしまった。
サークル部屋での叱り具合からして、完全にこれはマズい。
「君、XXXXサークルの子だな?名前を言いなさい。」
しかも所属まで割れている。
「後で面談を行うので、必ず来る様に。」
名前を控えられ、焼酎を奪われた僕はすっかり意気消沈し、ようやく部屋に帰って寝た。
どこかに隠れていた級友は、またどこからともなく現れて「ドンマイ」と一声かけて去っていった。
その後は非常に大変だった。
「昨今アルコールによる死亡事故が多発する中、お酒禁止の学部公認イベントで、あまつさえ焼酎の2Lパック持って走り回るとか、正直もう退学処分なんだけど反省如何によってはどうにかなる場合もあるよ」的な意味合いを含めた面接を受け、必死な思いで人生初の反省文を書き上げ、反省文の宛先を間違えたことによりまた呼び出しを受け、結果が通知されるまで死ぬほど落ち着かなかった。
これで退学になったら親に何て言えばいいんだ。
「ナンパしたら退学になりました。」
いや絶対無理だ、殺されてしまう。
「僕、退学になってもここに居ていいかなあ」などとサークルのキャプテンや、当時入っていた学生経営のカフェの店長に弱音をこぼしながら、その時を迎えた。
ざっくり受け取ったメールの文書には「次何かやったら問答無用で退学に処する」的な文言が入っていた。
ほっとしたのと同時に、もう本当に懲りた。
そして心を入れ替えて生きることに決めた。
とは言えお酒をやめることは不可能なので、僕はもう今後一切ナンパと言うものはしないと固く心に誓ったのであった。