追跡

僕は今、20代最後のバカンスと称して京都府南丹市美山町に来ている。

見渡す限り山、川、田んぼ、畑、その中にぽつぽつと立っている家々。

とにかくすさまじく田舎で、コンビニまで車で30分以上かかるらしい。

早々に文明との癒着を諦めた僕だったが、何と携帯の電波は普通に入る。

しかも泊まっている宿にも、勤務先の旅館にも、Wi-Fiが備わっていて、何不自由なくインターネットの世界に身を置いたままに出来る。

不便なのは単純に、行動範囲を制限されていることくらいだ。

欲しいものがさっと手に入らないのは少しもどかしい。

住んでいる多摩は田舎だ、なんて話をよくしているが、本気の田舎はそんなものじゃなかった。

今まで普通に送っていた生活が、如何に便利なものかを痛感する。

 

 

宿から勤務先までは自転車で約15分。

2年振りに恐る恐る乗ってみたら、案外身体は覚えていたようで安心した。

ただ、サドルが小さすぎるのか、はたまたこの2年で太ってしまった影響か、お尻が少々痛い。

 

今日も19時までのシフトを終え、賄いを食べ、旅館の露天風呂をひとりぼっちで満喫し、宿まで自転車に乗って帰って来た。

余談だが、他人と風呂に入るのが極端に苦手な僕にとって、ひとりぼっちの露天風呂は最高だった。

 

 

ところで僕は怖いものがかなり苦手で、ホラー映画の類が一切見れない。

暗闇についても同様で、住み慣れた実家ですらよっぽど寝ぼけていない限り常に部屋の電気を点けながら移動している。

昨夜、宿のトイレの電気が突然消えたときは思わず声を上げてしまった。

今朝も同じことがあったから、きっと点けた後に一度消える仕様なんだろう。

消えた後はすぐ点くようだったが、携帯電話を肌身離さず持ち歩くことを決心した。

 

そんな僕にとって、今日の帰り道はとにかく地獄だった。

街明かりなんてものは当然無く、街灯の間隔も結構広めにとってあるので暗闇の時間がかなり長い。

怖くて怖くて仕方なかった。

とは言え目の前は、自転車の灯りがあるので、そんなに問題じゃない。

 

問題なのは、後ろだった。

自転車の灯りが、僕が通り過ぎた場所からどんどん暗闇に飲み込まれていく。

車も走る山道を自転車で降りていたため、癖で後方確認を常に行なっていたのだが、もう怖くて仕方なかった。

さっきまで自分が走っていた場所が、通り過ぎた瞬間から消えていくのだ。

まだ慣れない道だったこともあり、前は見えているのに段々、自分の走っている道が正しいのかわからなくなってしまった。

 

15分走ってようやく宿の玄関灯りが見えた時は、ほっとして思わず泣きそうになってしまった。

 

まあ、走ってしまえばなんてことはない。

途中の自販機で購入した缶ビールを飲み、タバコを一服し、「明日は日が落ちる前に帰ろう」と決心した。