おデコ

ある夜、僕は友達と2人でとあるバーのカウンター席に座っていた。

「ずっと聞きたかったことがあるんだけどさ。」

「何?」

「ばばちゃんにとっての"イケてる"って何なの?」

「うーん…。」

彼は、「お腹が空いた」と言って頼んだオリーブを口に一粒放って、考え始めた。

思うにオリーブは、「お腹が空いた」という理由で頼むものではない。

食べ終わった後に「お腹が空いたのなおった。」と言っていたが、どういう胃袋をしているんだ、と今でもたまに思う。

 

彼は、学生時代にやっていたお店で知り合ったお客さんだった。

古着屋とフランス料理屋でアルバイトをし、時たまDJとしてイベントに出る大学生だ。

スラッと背が高く、少し大きめのジャケットや、腕に巻いた革のアクセサリーがやたら似合っていて格好良かった。

思うに彼とは結構仲が良くて(もちろん彼の人当たりの良さもある)、週に何度かは他のお客さんの帰ったお店で、彼の好きな曲を流し、グダグダとお酒を飲み、そのまま近くに住む後輩の家になだれ込んでまたお酒を飲んで、映画を見て寝ていた。

そのまま彼の出勤する古着屋について行き、洋服を選んでもらうこともしばしばあった。

「原くんの体型と好みはもう理解した。」と言って、毎回僕好みのシャツやコートを引っ張り出してくれる貴重な友達だった。

この時は確か、お店で使うBGMの選曲をしてもらう代わりにお酒を奢る、と言う名目で集まっていたはずだ。

 

「俺が思うに、」

「うん。」

「中身と外身がマッチしてる人。」

「え?」

思っていたものと全然違う答えが返ってきた。

 

「この前さ、知り合いの家に行ったんだよ。」

「うん?」

「音楽とか映像とかやってる人でさ、めちゃくちゃ稼いでて、しかも格好良いの。」

「うんうん。」

多分彼はその人の事を、尊敬してるんだろう。

そして、若干言葉に乏しい。

 

「んでさ、家に絵が飾ってあるのね。」

「はあ。」

「これがすごいの、デカいし、綺麗だし、高いし。」

「値段が。」

「そう、値段が。でもさ、俺ら別に絵なんか飾らないじゃん。」

「まあそりゃね。」

多摩の団地の一室に、そんないい絵を飾ってどうするんだ。

 

「でもさ、それが似合っちゃうんだよ。俺は、『これはイケてる』って思ったんだよね。」

「なるほど。」

「原くんは、もうちょっと外身を頑張った方がいいと思うよ。」

 

最後の最後に突然ぶっ刺されたが、このエピソードはかなり心に残っている。

もちろん、その友達を見て「自分も"イケてる男"になりたい。」と思ったこともあるが、「原くんは外身を頑張った方がいい。」と言われたことがより強く残っていた。

普段から彼は僕の外見について、「ホントだっせえな!!」だの「ダサいアメリカ人みたいな体型してるな。」だの「マッシュやめておデコ出しなよ!」だの散々言ってくれたものだけれど(ちなみにおデコ出しなよ!のままワックスを手に取って無理矢理髪の毛をかきあげられたことがある。そのまま僕はトイレに引きこもって前髪を直した。)、「外身を」と言われたことは逆に何だか自信になった。

 

あれから約2年の月日が経った。

彼は就職をし、僕は仕事を辞めてフラフラとしている。

時たまイベントに呼ばれることもあるようだ。

「DJするからいい感じの女の子とおいでよ」と彼からお誘いを受けることもあるけれど、今の彼と会ったら「外身を」どころの騒ぎではなくなってしまうと思い、中々会えない。

…いやもちろん、「いい感じの女の子」がいないこともあるんだけれど。

 

 

この休暇の中でゆっくりと、こうして昔の話を反芻している。

東京に帰ったらやりたい事がたくさんあるし、会いたい人もたくさんいる。

時間は待ってはくれないけれど、せっかく作ったおやすみなのだから、もう少し色々考えてみよう。