恋する

席替えが終わり、隣に座っているみほちゃんに「お前かよ!」とつっけんどんな態度を取り、あからさまに机を離す。

向こうも向こうで「なんだ原かあ」などと言いつつ机を離している。

そうして僕は隣を気にしつつ、前後にいる男友達に話しかける。

みほちゃんはみほちゃんで、後ろの席の女の子と喋りだしてしまった。

どうにも、僕は昔から、好きな子に素直になれない。

 

小学生の時、多分僕の初恋の相手と呼んでいいはず、みほちゃんとよく席が隣同士になっていた。

家もまあまあ近所で、憎まれ口を叩きつつも、学校の終わりや、休みの日に他の友達も含めた4人くらいで遊びに出かけていた。

とにかくよく突っかかってくる子で、よくある「あー!先生に言っちゃおー!」に始まり、「原、今回のテスト何点だったー?」などと、自らの点数を自慢してきていた。

自慢するくらいだから非常に成績が良い子で、テストはほとんど満点だった。

これが中学校に上がると、学年で順位が出るのだが、彼女は大抵200人中の2位で、悪くても10位くらいだった。

一方僕はその頃、勉強をする時としない時の気分の差が激しすぎて、良くて10位、悪い時は100位くらいまで、幅広い順位をふらふらとしていた。

差は歴然なはずなのに、テスト終わり、廊下ですれ違う度に突っかかってくる。

まあ、みほちゃんの事が好きだった僕にとっては、それも嬉しいことだったのだけれど。

 

ある日、机の中に「果たし状」が入っていたことがあった。

あれは確か、小学校6年生の時のことだ。

廊下に出て開いてみると、「放課後、校舎裏に来い。」とだけ書いてある。

明らかに女の子の字で。

こんな事をするのは一人しかいないと、ニヤける心を抑えつつ、何でもなかったフリを装いながら教室へ戻る。

こっそり視線を向けてみれば、みほちゃんと、よく一緒に遊びに行くメンバーの女の子が、一緒にこちらの様子を伺っているように見えた。

 

そして放課後、後者の裏に来てみたら、そこに二人ともいた。

え、二人なの。

 

「原、交換日記、しよう。しなきゃ××す。」

みほちゃんはサラッと脅迫罪に抵触するような発言をしつつ、思いもよらないお誘いをしてきた。

半歩後ろで、その友達が僕達の様子を見守っている。

どういう事なんだ。

「え、いいけど、3人で?」

「うん。」

正直期待していた内容ではなかったけれど、僕は嬉しかった。

 

それから、一冊の交換日記を日毎に回すことになった。

薄っぺらい、如何にも女の子っぽいデザインの交換日記だ。

三日に一度、それが回ってくる。

知らない間に机の中に、あるいは下駄箱の中に突っ込まれていたり、帰り道で唐突に渡されたり、学校で他の人に気づかれないように、プリントに紛れて渡されたり。

内容はその日に起きた出来事であったり、時には次に回す人への質問であったり、そういった本当にくだらない内容を僕たちは日々書き綴っていった。

たかがその程度の交換日記が、楽しかった。

 

 

結局僕とみほちゃんの関係がそれ以上進展することはなかった。

交換日記も、中学生に上がる時にやめてしまったし、同時に僕たちが一緒に遊ぶ機会も少なくなっていった。

中学生になるとパソコンを使い始め、「今日夜8時に」などと教室で何人かの友達と約束をしてメールのやり取りをしていたのだけれど、みほちゃんとメールをするのは多くても月に一度程度だった。

 

その後僕は中学2年生になる時に転校をして、それまで住んでいた福島から東京に引っ越してしまったため、自然とみほちゃんとも疎遠になってしまった。

 

 

それは僕が大学生になって、半年ほど経ったある日のことだ。

福島の友達とラインをしていると、唐突に「原ってみほのこと好きだったの?」と聞かれた。

昔の話だったし今となっては、と思い素直に「そうだよ」と返した。

「ライン、教えようか。」

思ってもみない提案だった。

ちょうど、高校生の頃から付き合っていた彼女と別れたばかりだったし、昔に戻った気がして、胸が踊った。

「是非に」と返事をすると、アカウントが送られてきた。

僕は早速連絡をしてみることにした。

久しぶり、といったおきまりの挨拶もそこそこに、最近どうなの、と通っている大学の話や今している勉強の話、サークルの話などをした。

どうやらみほちゃんは頭の良さが転じて大学には主席で合格をし、今は東京の大学に通っているらしい。

これは願ってもない好機と、一緒に飲みに行く約束を取り付けた。

しかも何故か、彼女の家で。

 

期待せざるを得ない。

いやそういう、いかがわしいことではなくて、単純に「これは脈ありなのか?」と僕の胸は踊り狂っていた。

そうして迎えた当日、僕は東京にいても中々使うことのない電車を乗り継いで、彼女の家の最寄駅に降り立った。

久しぶりに会った彼女は、驚くほど変わっていなかった。

話のテンポもそうだけれど、何より見た目が全然変わっていない。

驚きつつ、嬉しさもありつつ、二人で買い物を済ませ、家に向かった。

 

慣れないお酒を二人で少しずつ飲みながら、昔の話や、今の話をしこたました。

中々盛り上がっている、と言うか昔と何も変わらず、自然に話せていることに少し驚いた。

しかし僕ももう大学生だ、あの頃の奥手な少年とは違う。

少し探りを入れてみることにした。

「そういえば、好きな人とかいるの?」

もうこの質問が完全に失敗だった。

 

 

3時間。

それから3時間、ひたすらみほちゃんの好きな人の話を聞くことになる。

顔に出さないよう、必死に取り繕う僕。さも興味ありげに質問や相槌を繰り返す。

彼女は終始楽しそうに話していたので、きっと僕は名演技を披露してしまったのだろう。

それかよほど僕に興味がないかのどちらかだ。

3時間の間に、これは耐えきれんと何度かトイレに立ち、トイレの中で友達に助けを求めた。

「初恋の人と中学生以来久しぶりに再会して宅飲みをしているのだけれど、もう2時間ほどひたすら好きな人の話をされていて辛い。」

 

どういう状況なのだ、これは。

と言うか何で僕は、知らん男がディズニーランドの入り口の前で、一人で社交ダンスを踊っている動画を見せられなきゃならんのだ。

「わざわざ舞浜まで行ったのにディズニーランドにも入らずに入り口の前で踊って帰って来たんだよ~ねえこれほんと面白くない!?」

面白くないわ、バカか。

んなデートをするやつが目の前にいたら、即刻正座をさせて3時間ほど説教してやる。

実際に3時間地獄を体験したのは僕だったけれど。

強くもないのに、その場にあったお酒を何本も開けてしまった。

 

そうして彼女が満足するほど話し切ったのち、僕はもうあらゆる面で限界を迎えていたし、終電の時間も近づいていたのでお開きにすることになった。

僕は酔っ払っていた。

玄関口で、見送りをする彼女に、酔った勢いで言ってしまった。

「僕さ、みほちゃんのこと好きだったんだよ。」

「ありがと!」

間髪入れずに満面の笑みになるみほちゃん。

これは勝てない、と確信し、僕はじゃあねと挨拶を済ませ、外に出た。

外は大雨だった。

傘を差しても膝から下がぐしゃぐしゃになってしまうくらい、音もゴーゴーと、ものすごい勢いで降っている。

もうなるようになれと、傘で顔を隠しながら、ワンワン号泣しながら歩いた。

僕の10年越しの初恋は、今日ついに終わりを迎えたのだと、ひたすらに悲しかった。

ふと傘を上げてみると、通行人が皆こちらを振り返っていた。

恥ずかしさよりも悲しさの方が勝っていた僕は、再び傘で顔を隠しながら号泣し、駅に向かって歩き続けた。

 

 

あれ以来、みほちゃんから連絡が返ってくることはなくなった。

とは言え一度しか試していないし、その後アカウントが変わってしまったので、連絡先はもう消えてしまった。

今何をしているんだろう。

と言うか、あの時の彼とはどうなったんだろうか。

気にはなるけれど、確かめる手段は、もう僕には無い。