早稲田

知ってる人はいるだろうか。

あれは確か、僕が大学3年生の時の事。

当時通っていた理工学部のキャンパスで、ちょっとした事件が起きた。

「女子トイレのトイレットペーパー入れのところに、隠しカメラがある。」というツイートが、写真と共に僕のタイムラインに回ってきたのだ。

「女の子はパンツ下ろす時、ちゃんと気をつけようね!」と添えられたそのツイートが何となくツボに入り、僕はツイート主のプロフィールを確認することなく、リツイートボタンを押した。

そしてその10分後、ツイート主からのフォロー通知と共に「はらちんじゃん!」と言うリプライが送られてきた。

よく見ると、ツイート主はアルバイト先の女の子だった。

 

 

彼女との出会いは衝撃だった。

初めて参加したアルバイト先の飲み会で、可愛い子が目の前に座っていた。

その飲み会は僕がこれまで体験したものの中でもトップクラスに酷く、ウイスキーのピッチャーを両手に構える女子、嘔吐する同僚、頭から瓶ビールをかけられる先輩、総勢50名ほどが暴れていた。

初めて体験する環境に震える中、輪に混ざるでもなく正座で、コップに注がれたビールを飲む眼前の美少女。

ここだけは落ち着けそうだなと思った矢先、その子は突然、横に座る女性の先輩と濃厚なキスを始めた。

あっけにとられる僕を見て、彼女が一言

「はらちんもする?」

いや、それは…。

「そうだそうだ!お前にはまだ早い!」

僕の隣に座る先輩が、酔っ払って絡んでくる。

耐えきれず、僕は適当に言葉を濁し、その飲み会を去った。

後で聞くところによると、キスをしていた先輩と、僕に絡んだ先輩は付き合っていて、眼前の美少女はうっかり彼の童貞を奪ってしまったらしい。

当時大学2年生、若干二十歳の僕にはあまりに刺激的だ。

それを知って尚あの状況だったのが、今考えても恐ろしすぎる。

 

 

そしてその一年と少し後、Twitterでフォローが飛んできてから、たまたまキャンパスで会う機会が増え、更に紆余曲折を経て僕はその子と付き合っていた。

当然の如く、付き合う時も付き合ってからもむちゃくちゃな人だった。

とにかく「自分が可愛い」と言う事を主張してくる。

分かる、分かるんだよ。

実際可愛いし。

でもその、「自分が可愛い」と言う事をわざわざ言わなくてもいいと思うんだよ。

あまつさえそれを使って他人をこき下ろす必要はないし、「私の隣にいるんだったら、オールバックくらいしてもらわないと。あと胸筋ね。」と言って僕にジェルの使用や、筋トレを強要する必要もない。

僕は毎日振り回されて、大層消耗していた。

 

 

その日も泥酔した彼女の呼び出しにより、僕は神奈川県のとある駅に降り立った。

どうやら彼女の実家まで送れ、とのことらしい。

両親は不在らしく、何とか宿の心配はしなくて済みそうだ。

電車を降りた僕は早速、ホーム上をふらふらと歩く彼女を発見した。

水色のワンピースを着ている。

おおい、と声をかけてみるとどうやらこちらに気付いたらしく、手を振り返してきた。

そして、そのまま線路に向かって大量の吐瀉物を撒き散らかした。

あー…。

手に持ったペットボトルからお水を一口飲み、こちらに駆け寄ってくる。

到着次第、彼女はワンピースの袖を差し出して一言。

「ねえ見て?お醤油がついちゃったの…。」

そこか。

最早突っ込む気力もなく、はいはいとなだめた後、彼女を家まで送る。

駅前で購入したアイスと共に。

 

15分程度の散歩の後、無事に家に到着する。

疲れ果てた僕たちはシャワーも浴びず、着替えだけを済ませ、彼女を膝に乗せた状態でテレビを観始めた。

アイスだけ与えておけば10分くらいは静かだろう。

 

と言う願いも虚しく、執拗に絡んでくる。

ここに書けるような内容の会話がほとんど無いのが残念だ。

酷い下ネタが多く、僕はそれを受け流すのにまた体力を使う羽目になった。

核心をついてきたのはその時だ。

「私のこと、『自分のこと可愛い可愛い言ってて面倒臭い』とか思ってるんでしょう。」

非常に察しがよく、また頭の良い子だった。

「あなたは知らないと思うけどね。」

そして、怒った時限定で、僕のことを「あなた」と呼ぶ。

「六大学とか、色々ある大学の中で早稲田の女子なんてクソ扱いなんですよ。」

 

そう、確かに所謂「ワセジョ」は謎の迫害を受ける生き物だ。

試しに検索してみるといい。

ちなみにweblio辞書だとこんな風に書いてある。

早稲田女子学生、あるいは卒業生を意味する表現一般的に洒落をはじめとした、他の女子大生が好むことに興味がない学生、あるいは群を抜いた酒豪など、一般的な女子大生らしさに欠け学生を指す語。主として一般女子学生から逸脱した存在として揶揄される場合、あるいは自虐する場合などに用いられることが多い表現

ワセジョとは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

これは…辞書としてまずどうなんだろう。

スピーチは続く。

 

「しかもね、その中でも理工の女子なんてもうカス扱いなんですよ、ゴミみたいな扱いを受けるわけなんですよ。」

珍しく敬語なんだな、などと考えていた。

「その中でくらい可愛いって思ってないと、私はもうやってられないんですよ。」

あーでも。

この話は、何となく分かった。

納得しつつある僕は、ここにきてようやく何か、彼女にかけるための優しい言葉を探し始めた。

矢先、酔っ払った彼女は寝てしまった。

 

何だか煮え切らないまま、僕は彼女の口からスプーンをゆっくりと引き抜き、部屋の隅に畳まれた布団を敷き、その上に彼女を寝かせ、携帯の充電器を差し、自分も彼女の隣に寝転んだ。

彼女には彼女なりの信念があるんだな、と思う。

なるほど、そこで僕は、確固たる信念を持って、ひと月後に別れようと決心した。