gin and tonic
僕はバーに行くのがかなり好きだ。
所謂、ショットバーと呼ばれるタイプのバーに。
その昔、流行りたてのバーのスタイルはボトルで購入してそこから飲むものが殆どだった。
しかしある時、一杯ずつ注文することの出来るバーが段々増えてくる。
「1shot(=一杯)」ずつ頼めるという意味での、ショットバーだ。
カウンターに座り、棚に並んだボトルを眺めながら、今日は何を飲もうかな、と考えている時間はとても幸せだ。
数あるお酒の中でも、僕はジンがとても好きだ。
ジンと言うのは四大スピリッツのひとつで、蒸留した原酒をジュニパーベリーを初めとする何種類かの果実や薬草に通すことで香り付けがされる。
ここで加えられるものによって味わいの違いがハッキリと表れるのが非常に特徴的だ。
中には泡盛で作るものもあり、どれもクセはあるが飲み比べるのが非常に楽しい。
タンカレー、No.10、マラッカ、ラングプール、ボタニスト、ボンベイサファイア、挙げ始めるとキリがないがこの辺りを(お財布の中身と相談しながら)ローテーションして飲んでいる。
ところで有名なカクテルに「ジントニック」がある。
タンブラーにジンを入れ、ライムを絞り、トニックウォーターを注ぐことで完成する、アレだ。
恥ずかしながらバーに通う前の僕はトニックウォーターとヘアトニックを混同していて、何だか得体の知れないものを飲む時代になってしまったな、などと思っていた。
ちなみにこのふたつは全く関係がない。
しかし、トニックウォーターが何なのか、知っている人はいるだろうか。
昔カフェで働いていた頃に「トニック」と名のつくメニューが「アルコール飲料なのではないか」と思われ敬遠される、と言うエピソードがあった。
お客さんにラズベリーシロップをトニックウォーターで割ったものをオススメしたところ、「え、でもこれお酒なんですよね…?」と聞かれてしまったのだ。
トニックウォーターとは、香草や柑橘によって味付けされた炭酸水のことで、もちろんノンアルコール飲料だ。
独特な苦味と酸味が特徴的で、正直僕はこれがあまり得意ではない。
苦味に弱いのか、他に入っているものの味を感じ取ることが難しくなってしまう。
故に、ジンを飲む際は大抵、ストレート、ロック、炭酸割りのどれかで飲む。
ジントニックを飲まない理由は他にもあるのだけれど、それはまあ以下の文章で察して欲しい。
それに飲まない話よりも、飲む話の方が多分前向きだ。
僕は、ジントニックをごく限られた店でしか飲まない。
初めて訪れた場所か、もしくは本当に美味しいお店でしか飲むことはない。
ある日の僕は、都内にあるバーのカウンター席に座っていた。窓は全て木枠でできた小さな扉で潰してあり、店内を限りなく絞ったオレンジ色の照明と、蝋燭の灯りだけが照らしている。
何本あるのか、席から見るだけでは確認できないほどの量のボトルが棚に並び、中にはシロップ瓶のような、ラベルの貼っていない大きな瓶もある。
そして、目の前に立つ白いスーツを身に纏ったバーテンダーに話しかけられていた。
「ジントニックってあるじゃないですか。」
「ああ、ありますね。」
その日は既に三杯ほど、ジンを使ったカクテルを飲んでいた。
「あれは足し算のカクテルなんですよ。」
「足し算?」
「トニックの苦味と酸味を加えてあげることで、ジン本来の甘味を引き立たせてあげるんですよ。」
「なるほど。」
そのバーテンダーは、会話で、もしくはグラスでいつも何かしら新しい発見を僕にくれていた。
「………ジントニック貰ってもいいです?」
既に空になっているグラスを向こう側へほんの少しだけ押す。
「いいですね、いきましょう。」
バーテンダーの左手によって、クルクルと音もなく滑らかにグラスの中を回るバースプーンを見ながら僕は、人間関係も足し算だったらいいのにな、などと考えていた。
そしてその後、財布の中身がほんの少しだけ心配になった。